第6話 桃と志吹①
(安土 桃太郎)4
貴重な休日をどうして志吹のために……という文句も言い飽きてきた。本来なら雫ときていた――わけではないか。
僕も雫もインドアなので、遊園地にいこうという発想がまずない。人混みが嫌い。騒がしいのも苦手。なので自然とどちらかの家でまったりとなる。
本を読むかゲームをするかサブスク動画を見るかなので、結局、僕たちは外に出ないだろう。出たとしても一番近いコンビニに買い物にいくくらいで……。
貴重な休日を使うことに抵抗はあるものの、遊園地の下見だとすれば貴重な経験だ。雫ときた時のために、人気のアトラクション、そうでもないアトラクションの見極めや、人が混む時間帯を調べてみよう――楽しみは自分で作るものだ。
「おっす」
「うん、おはよう」
志吹とは現地で待ち合わせた。家が近所なので目的地まで一緒にいくのがきっと普通なのだろうけど、僕たちの場合は関係性が特殊だ。並んで電車に乗って一緒に向かう、ができる仲ではなかった。それはお互いに納得した上で約束している。
「……挨拶はしてくれるんだ?」
さすがに、いくら嫌いな相手とは言え、最低限のことはする。今日が特別だ。いつもなら、少し離れた場所にいる志吹にわざわざ挨拶をすることはないけど、こうして待ち合わせをしているなら、しないと失礼だ。
「だって礼儀でしょ。親しい仲にも……だよ」
「そういうところは律儀だよね。雫のおかげ?」
「今の僕があるのは、間違いなく雫のおかげだよ。舞浜だってそうだろ?」
僕にとって雫が恩人であるように、志吹からしても雫は『最も影響を受けた』相手だろう。僕はたまたま恩人だっただけど、志吹にもずばり言える『雫を表す言葉』があるはずだ。
姉ではない雫の存在は、志吹にとってはなんなのか……。
「まあ、ね。雫がいてくれるから、今のあたしがあるって言えるよ」
昔、雫が僕と志吹を見て似た者同士と言ったことがある。……こういうことだから?
「――ところで、オシャレした女の子を前にしたらまず褒めなさいって教わらなかったの? 特に、雫から厳しく言われなかった?」
「? もちろん分かってるよ。褒めてないってことはそういうことじゃん」
「……? なにそれ――――あっ!」
遅れて気づいた志吹が、恥ずかしさと悔しさを混ぜた表情で睨んでくる。そんな顔をしたらせっかくのおめかしが台無しだよ。
今日の志吹は水色のワンピース姿だった。夏の一歩手前だけど、日差しが強く気温も高い。なのに日傘もなく帽子だって被っていない。
オシャレだけしてきたはいいものの、痒い所には手が届いていない詰めの甘さは志吹らしかった。そういうところ、雫だったら徹底してるはずだけどなあ。
「…………褒めるほど可愛いわけじゃない、ってこと……っ!」
売り言葉に買い言葉(まあ売られてないけど)で言ってしまったけど、嫌いな相手とは言え言い過ぎたかもしれない。
罪悪感で胸が苦しくなったので、僕の中の人間性がやり過ぎだ、と判断したのだ。僕、こいつにいじめられたんだけどね……。
「…………さすが双子だね。雫に似てるからとっても可愛いよ」
「………………あっそ。それ、減点だから」
当然ながら、もちろん喜んでもらえるとは思っていなかった……けど。
そっぽを向いて拗ねたように見せた志吹は、僕に見えていないと思っているのだろうけど……堪える気のない満面の笑顔だった。
「…………舞浜」
「なに」
笑顔を自覚してこっちを振り向けない志吹。もういいよ、分かってるから。
「お前さ、ちょろいって言われない?」
顔を真っ赤にした志吹の蹴りが僕の脛に――――
志吹に引きずられ、人気のジェットコースターに乗せられた。
人気なのだから長時間も並ぶかと思えば、待ち時間は十五分もない。遊園地と言っても『夢の国』ではなく近場の遊園地だ。アトラクションひとつに一時間、二時間も並ぶような人気はなかった。いわゆる、昔ながらの遊園地だ――。
そもそも休日なのに、来園者もそこまで多くも…………
「え?」
隣同士で座席に座る。ジェットコースターの先頭に乗ってしまった。
発進寸前で、戸惑う志吹が僕を見る。もしかして、ジェットコースターが苦手だったりするのだろうか? でも、乗ろうと誘ったのは志吹のはず……。
弱味を見せたくないからか? はっ、その気持ちは分かる。
「桃くん、手……これなに」
「え?」
気づけば、僕は志吹の手をぎゅっと握っていた。
――ジェットコースターが発進する。
「……苦手ならそう言えばいいのに」
「苦手じゃ、ないし……うぇえ」
「ねえ、あたしの顔を見たから? ジェットコースターに乗ったから? その吐き気はどっちなの?」
ジェットコースターに振り回されてから五分と少し。
近くのベンチに座って崩れた体調を整える……。
「ま、舞浜を、見たから……」
「ふうん。苦手じゃないって言うならもう一回乗ろうか?」
こっちは顔面蒼白だっていうのに、志吹は容赦がなかった……いや、苦手じゃないけど。
「待って、ちょっと休憩を、」
「乗ってくれるよね? 苦手じゃないんでしょ?」
――こうも分かりやすく喧嘩を売られたら買わないわけにもいかない。志吹にだけは、これが弱味だという部分を見せたくなかったから――やってやる。
平気な顔を作って差し出された志吹の手を掴む。
再び、僕たちはジェットコースターに乗るために列に並んだ。
「……ダメだ、ほんとに無理……」
「だらしないなあ」
「ごめん……」
素直に言うと、志吹が目を丸くした。苦手を認めたことがそんなにも意外か? 僕だってずっとがんばれるわけじゃないんだよ……。
さっきお世話になったベンチに戻る。背もたれに寄りかかっているだけだとまだ楽にはなれなかった。できれば横になりたい、けど……往来がある場所では、ちょっと……。
「……いいよ。今日だけだからね」
腕を引かれ、そのまま横に倒された。踏ん張る力もなく、僕の頭は柔らかいそれに着地し――え、なにこれ。志吹の太ももだった。
上を見ると、日の光を遮る志吹の顔がある。
「見ないで。というかあたしを見ると悪化するんでしょ? ほら」
志吹が取り出したタオルが目元を覆う。雫と同じ匂いだった……。
すぅ、と吸うと、匂いに心が落ち着く……リラックスしたおかげで眠気もやってくる。さらに志吹の手が僕の髪を撫でて、それが気持ち良くて、あっという間に意識が遠ざかっていく。
志吹を前にここまでリラックスできたのは、初めてかもしれない。
「ゆっくり休みなよ。今日はとことん付き合ってあげるからさ」
今の自分が起きているのか寝ているのか、よく分からない。夢見心地で……もしかしたら今、僕が感じているのは夢の一部なのかもしれなかった。
起きたら、遊園地にさえいっていなかったりして……。
「ごめんね、桃くん」
細かくは言わなかった志吹。ごめんねの前には、いじめて、が付くのだろうか。
今更だ。謝って済む話じゃない。僕の傷は深いんだ……でも。
謝る志吹の声は、主犯であっても発端ではないような悲痛さがあった。
「桃くんの、味方でいたいから……」
志吹は今、どんな顔をしているのだろう?
「また、友達からやり直したいよ……っ」
夢なのか現実なのか分からなかった。
嘘なのか本音なのかも、同じように。
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