第4話 桃と雫


(安土 桃太郎)2


 自宅が近いので交流がなくとも顔を合わせることは昔からあった。

 挨拶程度で遊ぶことはなかったけれど……地区でやっているイベントでは目立つふたりのことはよく見かけていたのだ――舞浜姉妹。


 姉も妹も人望があり、見た目も可愛いのだ。そもそもふたりのお母さんが(地区では)美人で有名なので、自然と注目も双子に集まる。

 舞浜姉妹はいつも多くの人に囲まれていて、僕が話しかけにいける雰囲気ではなかった。

 女の子に慰められ、庇われている僕にそんな度胸はなかったのだから。



「あ、桃くんいた。やっぱり図書館の定位置だね……今日はなに読んでるの?」


 入口から最も遠い角の座席。僕はそこで本を読むのが好きだった。

 小説を読んでいるとよく親戚から「珍しいね」と言われるけど、そうなのかな? といつも疑問だ。漫画も読むけど……映画もアニメも、一通りは楽しめる。中でも多く小説を読んでいるのは親の影響が強いのかもしれない。親が好きだと触れる機会も多いものだ。


「海外の冒険小説で…………このまえ雫が勧めてくれた本だけど……」

「え、勧めたけどさ……まだ読んでなかったの?」

「雫がおすすめしてくる本が多いし、頻度も早いし……全部読もうと思ったら時間が足りないよ」

「積本してるんだー。そういうのはよくないぞー」


 雫が指先で僕の頬をつついてくる。笑っていない僕にえくぼを作ろうとしているの?


「痛いってば。……雫からのお勧め本、がんばって十冊以上読んだのに……」


 すると、雫が体当たりしてきて僕の体を横へずらす。ひとつの椅子の半分に腰を下ろした。

 素早く雫の手が伸びて、栞を挟む前の本をぱたんと閉じた……あ。


「まだ途中だけど――」

「一緒に最初から読も」


 えぇ、と思いながらも、期待する雫の目を見れば断れなかった。……一度、途中までは読んでるから、序盤を読み直したら違う発見があるかもしれない――と思えば損ではない。


 ふたりで肩を触れさせ、読み進める。読みにくいとは感じなかった。

 雫がすぐ隣にいることで安心し、本の中へ意識を集中させることができた。

 ページをめくる。すぐに雫の指でページが戻された。


「まだめくらないで。読んでる途中でしょ」

「…………一回読んでるんだよね?」


 だって、雫のお勧めでしょ?

 もう一冊持ってきて隣で読めばいいのに、と思ったけど言わなかった。言いたくなかった。だって、それを提案してしまえば――――きっと雫は拗ねて離れてしまうだろうから。


 一冊の本をふたりで読む。半身が密着しているから心の距離も近くなるし、一緒に本の中の世界を冒険している気分になって、一気に親しくなったと思う。


 本を読みながら「あーでもないこーでもない」と会話を挟むことでコミュニケーションも取れる。気づけば日課になっていた。


 休みの日も、昼休みも放課後も、僕たちはこうして一緒に本を読んだ。


「そうだ。クラス長、私がやるから副長は桃くんね」

「えっ」


「なに、文句あるの? 嫌なの? 認めないからね。ついてきなさい、悪いようにはしないから」

「…………や、優しく、してね……?」

「うん。……ふふ、これでずっと一緒にいられるね」


 志吹から僕へのいじめは段々と過激になっていった。雫は妹の尻拭いと言って、僕に優しくしてくれた――打算があったとしても、僕にとって彼女は恩人だ。


 雫がいなければ、僕はとっくのとうに壊れていたかもしれない。

 雫が世話を焼いてくれていたのは彼女の姉気質のせいだろう、と周りは見ていたらしい。


 段々と僕たちの「外から見れば深い関係」……が、ばれていったけれど……カップル、とまでは言われていなかった。単に仲が良いふたりだとは認識されていたみたいだ。


 まるで、なんでもできるお嬢様と、逆になにもできないポンコツ執事みたいだ、と。

 言い得て妙で、そのたとえはこれ以上ないくらいにばっちりとはまっていた。


 六年生になれば、僕たちはべったりではないものの、太く繋がっていた気がする。

 お互いのお気に入りの本を勧めて、感想を語り合う。スマホで毎晩メールや通話をして喋っていた。布団の中で話しながら寝落ちして、朝を迎えたことだって何度もある。


 生活の中で、彼女はもう、隣にいないと困る相手になっていた。

 それはきっと、お互いに。もちろん、僕の方が雫に依存していたのは間違いないけれど。


 中学に進学すれば、勉強、部活と忙しくなった。

 雫はバレー部、僕はバスケ部。インドアだったけど、本で読んだ部活や青春というものを体験したかったのだ。仲良くなった同性の友達と一緒に入部する――その場の空気に流されたようなものだったが……入って良かったと思えた。


 ただ、興味はあったけど真剣ではなかった。それは雫も同じだったみたいだ。


 休日は家で本の虫だった。

 雫が僕の家に遊びにきて、その逆もあった――本を読んだり、ゲームをしたり。遊びにきたけど喋ることがなかった日もある。ただ隣にいて、指でつついてちょっかいをかけ合って。そんなことをしている内に、どっちが言い出したのか覚えていないけれど(きっと雫だろう……僕にそんな度胸はない)、僕たちはお付き合いをしていた。


 彼氏で、彼女で――恋人で。随分と前から空気感だけは「付き合ってるみたい」だったらしいけど、言葉にしたのはかなり遅かったのだ。


 雫のことが好きだ。彼女の行動すべて、可愛くて頼もしいところ、顔、スタイル、好きな本、好きな食べ物、好きな色、なにからなにまで全て好きだ。


 雫が好きで――だからと言って、(よく勘違いされるが)志吹が好きなわけでは決してない。双子だからって、僕は騙されない。


 雫と一緒にいる時間が長ければ、志吹と会う機会もそこそこある。……僕をいじめた主犯だ。好きになれるわけがなかった。


 顔を合わせれば険悪な雰囲気になって、志吹は旗色が悪いと、察して去っていく。当然だ、いじめの主犯が僕を言い負かせられると思うな。


 去っていく志吹を見送って、振り返れば同じ顔の雫がいる。

 でも、まったく違う。雫を見れば、癒される――心は騙されないのだ。


 そして僕たちは中学三年生となり――――高校受験を控えた一年が始まった。

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