第2話 転換期①
(
忘れもしない、小学五年生二月のことだった。さすがに日付までは記憶になかったけど、雪が積もっていたから……調べようと思えば答えは出てくるはずだ。
その日、僕は近くの公園に向かった。積もった雪に興奮して(学校が休みの日だった)不十分な防寒で向かえば、近所に住むクラスメイトたちが既に集まっていた。
そこには当然、双子の舞浜姉妹もいた(ふたりが集めたのかもしれない)。
「人数も集まったし、雪合戦しない?」
肩で切り揃えられた黒髪に、今日は耳まで覆うモコモコの帽子を被っていた。舞浜姉妹の妹の方だ……名前は志吹。その隣には瓜二つの――ドッペルゲンガー? と言いたくなるほど同じ顔と服と背丈の姉、雫。
ふたりはしっかりと防寒をしていたけど、鼻や頬の赤みまでそっくりだった。くるっと位置が入れ替わっていても判別できないだろう。僕に自信はなかった。『その時』は。
「いいけど、チーム分けはどうするの?」
「テキトーにばらければいいと思うよ。――はいはーい、じゃあこっちの線から向こう側のチームと、こっちのチームで分かれて勝負しよ。ステージは公園全域で、雪玉が当たって全滅した方が負けね」
志吹が地面につま先で線を引き、チームが分けられた。
「雪玉が当たったかどうかの判断は? 審判がいないじゃない」
「自己申告でいいんじゃない?」
「嘘つく子がいると思うけど……」
「嘘がばれた時には罰を与えればいいよ。顔だけ出して雪の中に埋めちゃおうよ」
「それ、死ぬんじゃない?」
短時間なら大丈夫、ということで話が進み、罰則ありで雪合戦が始まることになった。
罰に拒否感を持った子もいたが、ようは嘘をつかなければいいだけの話なので、雫の一言でみんなが納得した。雫の言葉にはパワーがある……正論なだけかもしれないが。
「それじゃあスタート!」
自然と舞浜姉妹を両チームの大将とし、雪合戦が進んでいく。
途中から試合そっちのけで新しい遊びが始まるのは小学生ならおかしなことではなかった。
志吹の指示で僕が狙われた。雪玉の集中砲火だった。
「ちょっ、痛い!? い、当たったんだけどっ、もう脱落でしょ!? なんで僕にだけこうもしつこく――――」
「みんな投げろーっ。逃げるネズミを逃がすなーっ!」
雪玉だけどぎゅっと固めているので当たれば痛い。四方八方から飛んでくる雪玉を避けるために、公園内を駆け回る。
積もった雪に足が沈んだり滑ったりして……何度も転ぶ。それでも降りかかってくる雪を避けるために、走った。走り続けた――。
当時のことを舞浜姉妹に聞けば、雫は笑いながらこう言った――「実は滑り台の上からずっと見てたよ」と。助けろよ。
逃走劇の終わりは唐突だった。どこからか飛んできた雪玉が顔に当たり、雪が目に入ったのだ。同時につまづいて、僕は雪の上に倒れ込む。
積もっているのでクッションにはなったが、動きが止まったところに全ての雪玉が飛んでくる。気づけば敵も仲間も、みんなが一丸となって僕に雪玉を投げていて……味方なんていなかった。
「助け、がぼっ!?」
声を出したら口に雪玉が入った。ぺっぺ、と吐き出している間にもどんどんと雪玉が飛んできて――――僕は身を守るために丸まって体を小さくするしかなかった。
やがて、飛んでくる雪玉が減っていき、聞こえてくるのは雪を踏む足音だ。
僕の目の前に立っているのは舞浜志吹――――
「参ったか、桃太郎!」
「お、鬼……ッ」
汗をかいて、すっかりと防寒着も脱いでいる。
健康的な志吹の、見えている肌色が多かった。
「やり返してきてよ。これじゃあ鬼じゃなくて桃退治じゃん」
「…………こんな、みんなでこられたら……」
「このまま、やられっぱなしでいいの?」
雪にずぼっと埋まっていた手の中。握りしめた雪玉を投げてやろうかと思ったけど、志吹の後ろに立っているクラスメイト女子の顔を見て、握った雪玉を手離した。
……今、僕はやられ役だ……余計なことはしない方がいいと言い聞かせる。
「いや、いいよ……舞浜が楽しそうならそれでいい……」
「ふーん……雫は名前なのに、あたしは名字なんだあ……へえ」
ぐ、っと、さっきよりも強い力で雪玉が固められている。
志吹からの狙い撃ちは今日に始まったことではなかった。いつ嫌われたのか分からないけど、五年生になってから、志吹は僕にちょっかいをかけるようになった。
今ほど直接的な集中攻撃は初めてだったけれど、これまでの流れがあったから驚きはなかった。
志吹に加担しているクラスメイトも、普段から僕には当たりが強かったから……。
「もう、好きにしてよ」
「あっそ。じゃあお望み通りに桃退治してあげる――だって楽しいから!!」
志吹の指示で再び雪玉が飛んでくる。
僕は反抗することもなく、飛んでくる雪玉を甘んじて受け入れた。
……いじめにしか見えない光景だったけど、意外と外から見れば和気あいあいと「はしゃいでいる」ように見えていたのかもしれない。
「遊びにきてた低学年の子はドン引きしてたけどね」と、昔を懐かしむ雫がそんなことを言っていたけど。
「やっぱり動かない的はつまんなーい」
「ねー。あづちは気が利かないなー」
と、僕に飽きたのか、勝手なことを言うクラスメイト女子。
小さくなって雪玉を受けるだけではダメだったらしい。
「もういいよ、いこ。志吹はこれからどう――……志吹?」
「え、なに?」
「なにって……こっち見て怖い顔してたから」
「…………なんでもないよ」
誤魔化したような志吹の言葉。クラスメイトたちは「そっか」と気にした様子もない。
「でさ、志吹はどうするの? もう帰るの?」
「さっきまで熱かったのにまた寒くなっちゃって……暖かいところにいきたいな。だれかの家とかいける?」
「うちあいてるけど、くる?」
ひとりの女子が提案すると、周りの女子も誘いに乗った。
「いくいく!」
「志吹、雫は誘わなくていいの?」
公園内を見渡せば、既に雫はいなかった。気づけば集まった他のクラスメイトもいなくなっているので、そっちと合流したのだろう。集まった全員が同じグループというわけでもない。
「いいの。双子だからっていつもべったりくっついてるってわけでもないし。こっちがくっつくと意外と雫が嫌がるんだよね……」
「意外と? 志吹がくっつき過ぎて嫌になったからじゃない?」
「うるさいな。いいから、早くいこ」
志吹と女子たちが公園から出ていく。僕には目も向けずに。
遠ざかり、小さくなった志吹が振り向いた。
だけど立ち止まることはなく、すぐに前を向いて女子の背中についていく。
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