味噌か塩か。僕は醤油

 確かあの時は、ラーメン屋だっただろうか。


 あの時の情景を鮮明に思い出した。僕は、テストやら部活やらの行事が一通り終わり、自分を祝して打ち上げにラーメンを食いに行ったんだ。北海道なので、味噌ラーメンなんかがおいしいと思われるかもしれないが、僕が当時暮らしていた町は醤油ラーメンがおいしかったはずだ。その醤油ラーメンを食いに、僕は自転車を漕いで1時間ほどのラーメン屋に向かった。僕の家とは全く反対の方向にあったラーメン屋を目的地としていたのである。今更思うが、あの時は無理ができたんだなあと。今自転車をそんなに漕いだ時には、帰ってくる自信がない。それは、体力的にも、精神的にも。若さの力は恐ろしいもんだ。


 やっとの思いで着いたラーメン屋、きっとこんなに苦労したんだからおいしいのであろう。そう思い、気持ちを整え入店した。この店は、スープに浮くアブラが特徴的で、「黒いアブラ」がすごい量乗っているのだ。かなり不健康そうに見えるが、おいしさとのトレードオフなので健康だと思っている。

 平日の夕方なので、サラリーマンらしき人が数名いただけであった。すいているのはラッキーだと思い、席に座った。机にスマホと名刺ケースを置き、一息つく。店員さんが水を持ってきてくれたので、軽くお礼をし、メニューを見る。そもそも食うものは事前に決めていたので、メニューは見なくてもよかったのだが、一応恒例行事ということで見ていた。ここの店は、「油の量は注文をまとめた後に聞きます。」ということを書いてあった。きっと、トラブルがあったんだろうなあと察した。わかりづらいオーダーをするほうが悪いのだから……と個人的には思っていたが、それはそれでよしとしよう。

 店内はかなり独特のにおいだ。だけど不快じゃない、これは不思議なのである。「やはり、うまいアブラを載せようとすると、こういうにおいになるのかな。」なんて考察をする、料理を全くしない当時の自分であった。今の自分に問いても、まあ同じような返答をするんだろう。本当はこういうところを成長させたいのだが……。


 とりあえず、一応社交辞令程度のメニュー閲覧をやめ、店員さんを呼んだ。もちろん醤油ラーメンを頼んだ。自分への子褒美なので、ラーメン大盛にして、アブラも多めにした。わくわくしている。


 とりあえず、ラーメンが来るまでは……と思いTwitterを開く。いつもこんな感じなので、特に何も感想はなく、ただ世界の日常をスマホからコンニチハしている。

 そんなことをしているうちに数人入店してきただろうか。僕はあまり覚えていない。Twitterに夢中だったため、だ。ただ、それを気づかされる「謎イベント」が僕の身に起こった。


 突然、隣に制服の女の子が座ってきて「」と座ってきた。いきなりすぎて、びっくりした。普通に、こんなに空いている席があるんだからわざわざ相席しなくても……と思い、


 「なんで相席なんですか……?」


 と聞いてしまった。僕は典型的日本人のため、ある程度が「うん・はい・だいじょうぶです」の三種の神器で乗り切っている癖がある。めんどくさいことには首を突っ込みたくないからだ。別に僕に何もしてこないのなら、何をしていても僕は構わないからな。だけども、今回は違う。

 こんなにすいている店内で、ただ僕の席の斜め向かいに座ってくる。「なにかおかしい」と感じたわけだ。これはいわゆる美人局なんて言うやつではないのか?なんて疑ってかかってしまっているのである。今考えると、制服姿の少女が美人局なんてことをたくらむわけがない……と思っている。……そうであってほしい。今でもなんか、変わらないな。

 ともかく、おかしいことだけは気づいていたので聞いたのである。別にイケメンでもないし、金持ちでもないし、おごるわけでもない。けどなぜか、相席を希望してきた。


 僕が疑問を彼女に問うと、その答えはわずかな隙も許さないくらいの速さで出てきた。


 「興味本位です。だめですか?」


 だめですか、そう聞かれたら「だめです」なんて言えない性分なので……。


 「あ、はい……」


 弱々しく、ぼくは返した。まったく男らしくはないが、別にというわけではないので構わない。結局、僕は黙ってラーメンを食ってチャリで帰ればいいだけなのだ、それは変わらないので、僕は全集中をラーメンへ向けることにした。そんな女にかまっていたところで何にもなりやしない。


 僕が承諾すると、嬉々とした顔で座ってきた。そこまでなのか、と少々「ヤバいやつ感」を感じてしまうものの、まあ仕方ない。と、自分の思考回路をごまかした。僕は、ラーメンを食いに来たんだ。


 座ってから1分もしないうちに話しかけてきた。その、相席をした女が、だ。これは想定内であった。「興味本位」なんていう、明らかに理由で相席してくるのだから、人に突然しゃべりかけることなんて朝飯前だろう。そういうところは僕も見習いたく思う。別に、ほかの部分を軽蔑しているといいたいわけではないのだけども。

 

 何を聞かれたか……あまり鮮明には覚えていないものの「何でココに来たんですか?」だったような、なぜを問われたのは覚えている。


 僕は、一度も食べたことのないラーメンを食べたくて来たんだ。学校の部活なんかで東京に行くときは次郎や博多風のラーメン、そのほかにもいろいろ食ってきたものの、この店のラーメンは日本中どこを探してもない気がする。ここにしかないラーメンなのである。だからこそ、食べに来た。僕は新しい感覚をゲットしに来たんだ、そういう思いだったはず。もちろん、彼女にも同じようなことを答えた。まあ、相手は女の子なのである程度短く、かつ惹かれない程度の熱量で、だ。目の前で座っている女が、怪訝な目で俺のことを見られると、俺が食うラーメンもまずくなってしまいうからだ。ここはある程度有効的な関係を築いておくのがってやつだ。

 僕の返答を彼女は犬のように頭を縦に振り、そして目を輝かせていた。待った僕は彼女が何を考えているかわからない。ここはラーメン屋だというのに、なぜこんなことを考えなければいけないのだ。


 続けて彼女は僕に問う。


「何味を頼みましたか?」


 素直に答えてもよかったのだが、ここはひとつスカしてもいいのではないのかと、悪魔の神がささやいてきた。この店は、醤油ラーメンがのである。故に、他の味のラーメンを頼む人はなかなかに珍しい。そして、彼女は僕にラーメンの味を聞いてきたということは、「私も同じのを頼もうかしら」なんていうパターンなのではないのかと推察。故に、ここで僕が「一発カケれば」面白いことが起きるはずだ。

 僕の視界に、面白い張り紙が目に入った。


『利尻昆布もりもり昆布塩ラーメン』


 なんと、いいタイミングではないか。実物を見たく思うので、これに決めた。僕は『利尻昆布もりもり昆布塩ラーメン』を頼んだことにして、彼女に得体のしれないこのラーメンを食わせてやろう。そう、僕の頭の中で計画が立った。


「僕かい?『利尻昆布もりもり昆布塩ラーメン』だよ。」


 出来るだけ平静を装い、なるだけ僕が面白がっていることを隠しながら答えた。どれだけ表情に出ているかわからないのは悔しいが、政治家のようなポーカーフェイスは上手だと自負しているので大丈夫だろう。


 彼女はこう答えた。

「そう。すみません、醬油ラーメン、アブラ普通で。」


 ――ッ!

 僕の頭の中には衝撃波のような、驚きの波が流れてきた。


 「どう考えても、今の流れは……。」


 僕の予想が大きく裏切られた……そういう悔しい思いと、あと1つ、問題が。


 「僕が『利尻昆布もりもり昆布塩ラーメン』を食べることになっているということ」


 なのである。おかしい、こんなはずじゃなかったのである。彼女は、『利尻昆布もりもり昆布塩ラーメン』というわけのわからないラーメンを心待ちにしながら、もしかしたら待っているのかもしれないというのに僕は「醤油ラーメン大盛アブラ多め」という、自分の欲望を素直に再現したラーメンを頼んでしまっているのだ。これは、由々しき事態である。

 さて、本当にラーメンが来た時にどう言い訳をしようか、自分の頭をフル回転し、言い訳を生成していた。この時ばかりは、最近話題の生成AIに負けず劣らずの言い訳の生成速度であった。


 僕の頭の中生成AIで、1つの答えが出た。


 「黙って食って帰ればいいんだ。」


 そう思った。どうせ、ここで終わる付き合いだ。お前の顔なんぞ覚えるつもりもないし、覚えられない。名前も知らない、学校も知らないし、だ。だから、もう、いいや。そう思った。明らかに投げやりになってしまったと思ったが、これ以上の最善の手がなかった。もはやこれは、彼女の掌の上で行われていた積み将棋なのではないのか、というくらいには。


 こんなくだらないことを考えているうちに、ラーメンが来た。もちろん、『利尻昆布もりもり昆布塩ラーメン』なんていうラーメンではなく、「醤油ラーメン大盛アブラ多め」だ。


「はい醬油ラーメン大盛アブラ多め一丁~」


 そう店員さんが言うと同時に、テーブルに置かれた。


 さっさと食って出ようと決めたので、さっそく箸を割り、合掌した。まずはスープから飲もう……というときに隣からクスクス笑い声が聞こえた。さすがに意味が分からない笑いは怖いので、スープをいただく前に、視線を彼女のほうへ向けた。


 すると、目が合った瞬間に


 「――君って、面白い子だね。」


 そう、ニコニコしながら言われた。なんだか、可愛げのある笑いだな、と不覚にも思ってしまった。今まで、女の子と呼ばれる人たちすべてにそういう感情は沸いてこなかった。なぜだろうか、彼女の笑顔には魔法のような、そういうがある。

 いきなりの出来事だったからなのか、僕が彼女の笑顔そのものに気を取られていたからなのか。わからないが、真顔で彼女のほうを見続けていた。少々口をあけながら、まるで漫画で出てきそうな、魂の抜けた社畜を模した顔をしていた。さすがに初対面の人にこの顔を見せ続けまいと、正気を取り戻し、自分の視線をラーメンへ向けた。

 「面白い子」だなんていわれて、はいそうですなんて言えないわけだ。一応、人間たるもの、多少の羞恥心を心得ておくべきだと思うので、それっぽいことを言っておく。


「……どうも。」


 これは我ながら上手にやったと思う。これをもしアカデミー賞に出せるとしたら、間違いなく受賞しオスカー像を手に入れることができたくらいには、だ。


 その後はラーメンを堪能することに集中していた。独特な味のスープと煮込まれたチャーシュー、そしてこのアブラ。すべてがおいしかった。その記憶は今になっても思い出せるくらい、鮮明に焼き付けられた。僕が食べている途中に、彼女もラーメンが来て、食べていた。元気に「いただきます」と言い、手を付けるあたり元気がいい子だなと感心した。


 そういえば、さっき「君って、」と言われたけども、君って僕に言うことは彼女自身僕より年上なのだろうか。だけども、彼女はどう考えても高校生、僕も高専ではあるものの、一般的な高校2年生と同じ年代なのである。よって、2/3の確率で同い年または年下なのである。また、胸の発達や身長や容姿、少ない言動からの精神年齢の推定などを鑑みても、同い年か年下だろうと思う。


 そういえば、さっきから僕がずっとやられっぱなしアウェイサイドだったじゃないか。今度は僕の番のハズじゃないか?某アニメの「ずっと俺のターン!」なんかさせてたまるか。そういう謎の反抗心なのか、それに似た何かが僕を突き動かした。いつもは感情で動かないように意識しているのだが、この時ばかりは頭より先に動いていた。


「ねぇ、君。何歳?」


 君を使われて年齢を気にしたのに、逆に君を使い返すのは我ながらセンスがなさ過ぎて絶望の淵である。

 けど彼女は気前よく答えてくれた。


 「17だよ、高2。」


 どうやら2/3を引いたようだ。僕と同い年の高2であった。いいのか悪いのか、なかなかに面倒なことになってしまいそうな気がする。なので、あえて僕のことは明かさず、反応をするだけど終わらせようと思う。ここで、相手が聞いてこなければ僕の身元がバレる心配もないし、聞かれたら仕方ないので明かすしかない。どちらにせよ、もしもにかけてみるのはありだと思うので試してみた。


 「……ふぅ~ん。そうなんだ。」


 これは賭けに勝ったのではないのか、そう思った瞬間。


 「で、一ノ瀬君は?」


 「……うわ~。やられたか~。」

 なんて考えているのは束の間。おかしいことがあることに僕が気付く。


 「あれ、何で名前がバレているんだ?」


 おかしい、おかしいはずだ。僕は彼女に自分の名前は教えていないはずだ。面識もないはずだし、つながりもないはずだ。そんな赤の他人の彼女が僕の名前を知っているだなんて、おかしいはずなのである。「もしかしてストーカーなのか」や「探偵なのか」なんて言う、現実なのかフィクションなのか。意味の分からないことを言い始める始末である。しかし聞いてみないことには真実はわからないので、聞いてみることにした。


 「……な、なんで名前知ってるの……?」


 若干キョドってしまった。仕方ない、身元もわからない女の子クソボウズに名前を知られているんだ。僕の頭は耐えきれないだろう。


 彼女はまたもや笑い始めた。お気楽な奴で尊敬さえする。そして、口を開いた。


 「だって、そのジャージに書いてあるじゃん。」


 どこかお笑い番組を見てツボにはまっている人に似ているなという感想を抱くような笑い方をしながら、僕にその真実を教えてきた。


 彼女に言われた通り、自分の服を確認した。

 ジャージで、自分の左胸になまえが、書いてあった……。


 そういえば、今日は授業で体育があり、ジャージで学校に来たんだった。こんなことを失念していただなんて、まったく情けないといったらありゃしない。そう自分を責め、彼女に向って言った。


 「ああ……、そういうわけね……はは……」


 まるで生気を感じない、四文字であらわすのなら「意気消沈」が似合うほどに声に真がない。目にもハイライトがなく、今の自分をイラスト化されたら、問答無用でモノクロ絵になるんじゃないのかというような雰囲気であった。

 それに相反して、彼女はいまだにツボにはまっており、「もはやいったい何が君をそうさせているのか」そう考えてしまうくらいには、笑っていた。確かに面白いは面白いだろうけども、そこまでになるような面白さを見いだせるのは、彼女の能力なのだろうか。それとも、僕が平均以上に面白おかしい人間だからなのだろうか。後者ではあってほしくないと切に願いつつも、その真実は神のみぞしか知らないのだろうと自分を納得させた。


 あまりにも自分のプライドをぺしゃんこにやられてしまった僕、最後のほうはうつろな目と感覚のない舌を武器にラーメンと格闘し、完食した。食べることは苦しくなかったのだが、生きていることがつらかった。人間、案外くだらないと思われることでも、ハートブレイクしてしまうのだなと学んだ日であった。


 食べ終わった後は水を1杯飲み、ひと踏ん張りして会計へ向かった。あれほどおいしかったはずなのに、あのプライドのへし折られ方をすると、正しい味の見方をできない気がしている。だから、あの1050円はおいしかったのか、いまだにわからない。


 リュックを背負い、店を出る。


 「ありがとう、また来るよ。」


 そう言い残した。

 

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