第599.5話 未来の輝政は、不遜な野望を抱くも……

天正10年(1582年)5月中旬 備前国岡山城 荒尾照政


今は他人には言えないけど、俺には秘めた野望がある。それは……主であり、未完の大器たる織田四郎忠秀公を関東の主……いや、最終的には天下人にする事だ!


「織田四郎様、おなぁり~!」


だから、このような降って湧いたような機会を確実にものにしたい。


宇喜多家の小姓が高々と声を上げて襖を開けると、四郎様が広間に入られたので俺も太刀を持って後に続いたが、上段の一番近くとはいえ、一段下の座に関東管領の豊臣政元公と寧々殿が座られている。


もちろん、これは演技であるが、政元公がこうして四郎様を立てて頭を下げたという話は、何も聞かされていない宇喜多家の家来たちから移封後に、自然と関東一円に尾びれ背びれがついて広まる事だろう。いや……この俺が確実に広めるつもりだ。


さすれば、関東の大名たちは四郎様を政元公より上位の存在として、事実上の関東公方様と認めるだろう。全てはそこから始めるつもりだ。


「お初にお目に掛かります。宇喜多八郎家氏にございます」


「織田四郎である。八郎よ、会えて嬉しいぞ」


「ははっ!」


うんうん、やはり四郎様には王者の威厳が備わっておられるようだ。だから、俺は常々父上に言っていたのだ。信忠様よりも四郎様を将軍にするべきだと。……まあ、あまりしつこく言い過ぎたから、危ない奴だと思われて母の実家(荒尾家)に出されたけどな。


「ところで、中納言。聞くところによれば、宇喜多家は上総に遷されると聞いたが……真か?」


「御意にございまする」


「そうか……。お父上を亡くしたばかりだというのに、それは難儀な事よな?」


「……はい」


「だが……何も心配はいらぬぞ。俺もこの後、下総に参る事になった故、これより俺を兄だと思ってくれ」


「え……?四郎様をですか!」


「そうだ。俺が八郎の兄になろう。それゆえに、どうか……」


ここで四郎様は八郎様の側に参られて、その手を取られる。よし!これで落ちるはずだ!


「頼む。俺の共に関東に参り、支えてもらえないだろうか!」


「四郎様……!」


「水臭いぞ。義兄上と呼んでくれ!」


「義兄上!」


おお、なんと美しいお姿かな。直にこの尊い景色を見る事ができただけでも、脚本兼演出を担当した甲斐があったというものだ。


「なに?この三文芝居は……」などと、事前の練習では寧々様から散々に言われたけど、宇喜多家の方々も喜んでいるのだから、これでいいのだ!


「さて、八郎よ。我が義弟となったからには、その証として片諱を与えたいが……受け取ってくれるか?」


「片諱……でございますか?」


(あれ?これは俺の脚本にはなかったことだ。一体どういうことなのだろうか?)


だが、不思議に思っている間にも、四郎様は話をどんどん進めていく。


「我が諱、忠秀の『秀』をそなたに与えよう。これより、宇喜多秀家と名乗るが良い」


「ははあ!ありがたき幸せ!」


まあ……片諱を与えた方が縁は強くなるから、俺の構想を実現するためには好都合と言っていいが、何か妙に引っ掛かりを覚える。特に、寧々様の満面の笑みを見てしまえば……。


「さあ!あとは二人とも、お嫁さんを迎えないとね。まあ、その辺りはこの寧々さんに任せなさい!」


「あはは、お願いしますね」


しかも気がつけば、話の主導権をその寧々様に握られていて……四郎様も八郎様も、すでに逆らう事ができない空気が自然と出来上がっているではないか!まずい、ここは食い止めないと。


「あ、あの、寧々様……いくら何でも、それは……」


「あら?三左衛門は不服なのかしら。四郎様には、我が姪のお江ちゃんを嫁がせようと思っているのだけど……」


「え……?」


江姫様といえば、越前大納言様のご息女で、上様の姪だ。もし、話を進められたら、断る事は難しいだろうし……何より四郎様も満更ではないように窺える。


「もちろん、八郎殿にも然るべき姫をこのわたしが用意いたしましょう。宇喜多の者も、楽しみに待つが良い!」


「「「「ははあ!!!!」」」」


あっ……しまった。これでは、逆に四郎様が寧々様の下にいるような印象を与えてしまったぞ。ああ、どうしよう。俺の構想が崩れていく。はぁ、これが年の功という奴なのか。


「痛てっ!」


あれ……何でクナイがこんな所に落ちているのだろうか?

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