第589.5話 権兵衛は、日向の国でリベンジする

天正10年(1582年)4月上旬 日向国臼杵郡 仙石秀久


先の戸次川の戦いにおいて、俺は致命的な失敗を犯した。殿があくまでも守りを固めて武衛様の軍を待つべきだと言われたのに、身の程知らずにも交戦を主張して……その結果、我が軍は大敗した。


「まあ……それでも、おまえが開き直って槍を振るったからこそ、長宗我部の若殿も助かったわけだし、功罪相半ばという事に致そう」


いくさの後、殿はそう仰せられて、俺の罪は問われなかったが……その殿が、「此度の日向攻めで手柄を上げなければ、改易する」と武衛様より申し渡されたと聞けば、流石に穏やかな気持ちではいられない。


だから、今日から俺は……覚悟を決めて、変身して戦場に立っている。まず髪を黄色に染めて、かぶる兜には白い房飾り、金色の鎧に白絹に日の丸を染め上げた陣羽織というド派手な軍装に、馬印は紺地に白で「無」の一文字。さらに、陣羽織には鈴も付けて、動けばチリンチリンと鳴るようにしてもいる。


「仙石殿……もしや、決死の覚悟か?」


「これは、伊東様……」


伊東民部大輔祐兵様——。お若いが、この方はこの日向国の国主だったお方。だから、当然、俺が気安く話しかけてよい相手ではない。慌てて膝をついて、頭を下げた。同時に鈴がチリンチリンと鳴る。


「よいよい、今や俺もそなたと同じ釜の飯を食う中ではないか。それより……真に死ぬ気なのか?」


「……先の戸次川では、取り返しのつかぬ失態を犯しました。某が敵の目を引き付ける事で皆の役に立ち、せめてもの償いとなるのならば……本望にて」


「そなた……怖くないのか?」


怖くないと言えばうそになるが、俺は馬鹿だから他の方法で償う事を思いつくことができない。だから、伊東様になけなしの勇気を振り絞ってそうお答えしたのだが、どういうわけか、ニッコリと笑みを浮かべられた。


「伊東様?」


「そうか。その心意気は良いな。ならば……そなたの側に某らも居ることにしよう」


「え……?」


「ふふふ、何を驚くか。そなたが敵の目を引き付けて、我らがその側面を突く形でいくさに臨めば、より効果的に敵兵を討つことができるだろう。違うか?」


「いや、それはそうかもしれませんが……」


正直な気持ちとして、「何かそれ、ズルくないか?」と思ったりもする。


だが、伊東様は全然気にされた様子もなく、笑いながら続けられる。お互い目的のためには手段を選ぶ余裕などないのではないかと。


「そなたは、敵を引き付けて派手に戦う事で名誉挽回。俺はそなたに群がる敵を効率よく討ち倒してお家再興を目指す。どうだ?悪い話ではないと思うが……」


加えて言うならば、俺に群がる敵を討つために早めに駆けつけてくれるとなれば、生存確率も上がり、確かに悪い話ではない。俺は伊東様と手を組むことを決めた。


「さて……どうやら、その敵がそろそろやって来たみたいですな」


そうして、しばらくこの場に留まっていると、伊東様の言葉通り、坂の下に島津兵が現れた。後続の兵はいるだろうが、まず視界に入っているのは30人程度だ。俺は予定通り単身坂を駆け下りて、敵に向かう。


「我こそは、羽柴筑前守様配下、仙石権兵衛秀久なり!」


名乗りを上げて槍を振るい、目の前の敵兵を一人また一人と討ち倒していくが、その都度鈴も鳴る。久しぶりの一騎掛けだが、その音色が気分を高揚させてくれた。


「何だ!あの傾奇者のような男は!」


「もしや……あれが伝説の前田慶次なのでは!?」


「前田……慶次だと?」


しかし、傾奇者に見えるというだけで、このように人違いをされて……俺の気分は一気に落ち込んだ。いやいや、さっき名乗りを上げたのに、何でこいつら間違うんだと……ため息も出る。


「あはは!まあ、いいではありませんか。結果として敵は怯んでおりますぞ。効果は抜群です」


先程の手筈通りに、俺に群がる敵を討ち倒して合流した伊東様がお笑いになるが、やはり釈然としない。ただ、確かに今は結果が重要な時。名を惜しんでいる場合ではない。


「某は天下無双の傾奇者、前田慶次郎利益なり!」


もうヤケクソだ。この辺りが例え「仙石平」ではなく、「慶次平」と後世で呼ばれようとも、勝利のためならもう構わない。前田殿の名を借りて、俺はそのまま前へと進んだのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る