第617.5話 与六は、お船さんからお仕置きされる

天正12年(1584年)5月下旬 下総国古河城 直江兼続


「……もう!浮気しちゃダメだって言ったじゃない!!」


プンスカ怒るお船に連れ出されて、そのまま酒宴から離脱して部屋に戻る事になった俺は……今、とってもヤバい状況に置かれている。何しろ目の前にあるのは女物の着物であり、お船は化粧箱を用意し始めたのだ。


「やっぱり、男の姿だからいけなかったのよ。いつもの可愛い与六姫になれば……寧々さんだって手を出してこないわけで……」


手際よく準備を進めながら、そうブツブツとドスの利いた声で呟くお船はとても怖くて、こうなれば逆らうことはできない。それに、求婚を受け入れる条件に、お船が好きな時に俺を女装させるという事項も含まれているのだから尚更だ。これもホレた弱みとして、受け入れるしかなかった……。


「さあ、できましたわ。見て見て!今日もばっちりきめたわよ♪」


そして……突きつけられた鏡に映る我が顔を見て、不覚にもかわいいと思ったりする俺もたぶん病気なんだろう。胸に詰め物も入れたし、今日も完璧とあれこれ格好を変えてみたりもする。うんうん、悪くないな……と悦にも浸る。


だけど……今日のお仕置きはいつもと違って、ここまでで終わらせてはくれない。


「うふふ、どうやら気に入ってくれたようね。それじゃ……そろそろ行って貰おうかしら?」


「え……どこに?」


顔が笑顔だけど目が座っているお船は、廊下に向けて指を差す。丁度目の前を半兵衛殿に襟首を掴まれて、何処かへ連行されていく寧々様が通り過ぎて行ったが……気にすることなく、続けて俺に死刑宣告を下した。


「決まっているでしょ。東国の要人がこのお城に集まっているのよ。与六姫のお披露目、しないわけにはいかないでしょ?」


いやいや、ちょっと待って欲しい!越後でやるなら、「ああ、またか」と言われるだけで済むけど、ここでそれをやってバレたら……上杉家の名誉は大きく損なわれて、俺は間違いなく切腹だ。


だから、それだけは許してほしいとお船に土下座して許しを請うた。許してくれるのなら、前から何度も言われて拒んでいる赤子の格好だって厭わないとも申し出もした。


しかし、お船は……それでも首を左右に振る。赤子の格好でおしめを換えたり、俺のアレに徳利をかぶせてみたいというのは魅力的だけど……やはり、寧々様との浮気は許せないとして……。


「い、いや……お船さん?さっきのは別に浮気ではなく、ただ酔っぱらいに絡まれただけで……」


「嘘はダメですよ?与六。あなた、本当は気持ちよかったのでしょ?鼻の下を伸ばしていたくせに……」


まあ……そこを突かれたら俺も男だ。否定することはできない。だけど、今ここで言葉を詰まらせたのは悪手以外の何物でもなく……お船の眉が2割増しで上がった!


「言っとくけど、与六。あれは若作りしているけど、おばさんよ!乳だって垂れているに違いないんだから!!」


いや……あの感覚だとまだ垂れてはいないと思うのだが……しまった!今は、そのような事を考えたら、勘のいいお船の事だからマズい話になる。また眉が1割増しで上がる……。


「兎に角、今すぐその格好で広間に戻りなさい!いいわね、じゃないと離縁するから!!」


はぁ……何でこうなるのか。だけど、離縁されたくない以上、指示に従うしかない。俺は部屋から出て広間に向かう事にした。しかも、独りで。


「……またか、与六。俺としては、片腕とも言うべき家老のおまえが女装好きだと思われるのは避けたいところだが……」


途中ですれ違った殿からも苦言を呈されるけど、ここで逃げたら愛の住処から叩き出される未来が待っているのだ。「バレないように頑張ります!」とだけ言い残して、俺はそのまま広間に突き進んだ。


「おっ!これは何とも麗しい姫かな。某は、常陸国小田城城主で小田讃岐守と申しましてな……」


もちろん、知っている。知っているから、シレっと手を握らないでもらいたい……。

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