第557.5話 於義伊君は、毒団子を食べて……

天正9年(1581年)5月下旬 武蔵国江戸城 徳川於義伊


何か気がついたら河原に立っていて、だけど、河の向こうにいた何人ものお爺さんたちに「帰れ!」と一斉に怒鳴られて……気がつけば、目の前に弥八郎の顔があった。


「あ、あれ?ぼ、ボクは……」


「若君、無理をして話す必要はございませぬぞ。それよりも……こちらをお飲みください」


差し出された器には、青と赤の間にあるような色をした汁が入っていて、お腹の辺りがとっても気持ち悪い今、本音を言えば飲みたくはなかったが、弥八郎がこれを薬というので、ボクは体を起こして飲むことにした。


「如何ですか?お稲殿特製の胃薬は……」


「うん……何だか、少しずつ気持ち悪さは無くなっていく……」


「それはようございました。ささ、今は余計なことを考えずに、どうぞ横になりお休みください」


勧められるままに再び横になろうとしたが……その時、部屋の間口で萌々が心配そうな顔をして、こちらを覗き込んでいるのが見えた。だから、ボクはこちらに来るように手招きをした。


しかし……ボクの側に座った萌々は、どういうわけか大粒の涙を流しながら謝り始めた。


「萌々?」


「……ごめんなさい。わたしが作ったお団子のせいで……本当に、ごめんなさい」


う~ん、たぶん何かがあってボクは倒れたのだろうし、それが何だったのかは今一つ何かモヤモヤとして思い出せないのだけど……萌々がこうして謝っているという事は、そのお団子を食べて倒れたという事か。弥八郎も否定しないし……。


「大丈夫だよ、萌々。倒れたのはきっと、ボクの鍛え方が足りなかったからだよ。だからまた、作ってくれたら……」


「若っ!それだけは、絶対になりませぬぞ!!此度の事とて、お稲殿の応急処置があと少し遅れていたら、命を落としていたのです。萌々様を慰めたい気持ちは重々承知の上で申し上げますが……それだけは、絶対になりませぬ!萌々様を行かず後家になさるおつもりか!」


うわぁ……弥八郎、マジギレしている……。だけど、そういえば、夢の中で河原に立っていたな。なるほど、あれが三途の川だったという事か……。そして、萌々ももう今後は試食をお願いしないと言ってきた。ボクが死んじゃうのは嫌だと言って。


ここで、「ボクは死にましぇ~ん!」と言えたら、萌々もいつもの笑顔を取り戻してくれるような気がしたが、これはまだお腹が痛くてできなかった……。


「だけど、萌々は料理を上手に作りたいんじゃないのかい?ボクが食べないで、どうやって上手になるというの?」


「それは、ととさまにお願いすることにしました。かかさまが『ととさまなら鍛えられているから大丈夫だ』と仰せになられて……」


おお、流石は管領様だな。そうか……やはり、胃の腑を鍛え上げたら、良いのだな。そういえば、勝蔵殿の訓練指南書に「胃の腑から汗が流れるほど鍛錬を重ねて、初めて一端の武士になる」とあったな。汗が流れるほど強い胃の腑を持てば、管領様のように耐えられるという事か……。


「ならば、ボクも萌々が作った料理を食べられるように頑張らないとな!」


「わたしも頑張って今度こそ美味しいお料理を作って見せます!その時はまた食べてくださいね」


ああ、この笑顔。この笑顔だけで、お腹に残る痛みも癒されていく……。


ただ、萌々が部屋から去った後、弥八郎はため息を吐いて「管領様もお気の毒に……」と呟いた。それがどういう意味を持っていたのか。知ることができたのは、これより2か月ほど後の事。その管領様がお倒れになられたという話を耳にしたときの事だった……。

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