第574.5話 肥前の熊は、夜襲を受けて……

天正9年(1581年)12月中旬 筑前国立花山城 龍造寺隆信


敵将・滝川左近が城から落ちた——。


この知らせが本陣に届いて、儂は勝ったと思った。この筑前を……博多の権益を手に入れたのだと。そして、城からも降伏を告げる使者もやってきた。


「もはや、これまでにて……城を明け渡し、降伏いたしまする」


しかも、その使者の顔は痩せこけていて、城内の兵糧がすでに尽きている事を儂らに教えてくれた。ならば、もう安心だ。城の受け取りは明日として、城内に武士の情けで酒肴を贈るように命じた。


「よろしいのですか?」


「それくらい構わんだろう。むしろ、この事が織田に伝われば、この後の交渉で有利に働くかもしれぬしな」


だが、そのように決めた直後に現れたのが口煩い鍋島孫四郎だ。


「そのような事をしている暇があるのなら、逃げた滝川を追うべきではございませんか!」


「うるさい!そう思うのならば、おまえだけでも追えばよいではないか!!」


もちろん、始めからこのように喧嘩腰になったわけではなかったのだが……売り言葉に買い言葉の挙句、このような言い合いとなり、孫四郎は儂の言葉の通り、手勢を率いて逃げた滝川の後を追う事になった。


そして……俺の方は怒りが収まらない。


「酒だ!酒を持て!」


「はっ!」


(……ったく、折角勝って気分が良かったのに、なんでこんなことになるのだ!孫四郎の奴、知恵がちょっと回るからって、儂を舐めているのか!くそっ!腹が立つわ!)


運ばれてくる酒を片っ端から飲み干していくが、苛立ちは収まらない。すると、そこに現れたのは百武志摩守(賢兼)だ。


「……殿。降伏した敵に酒肴を贈るのなら、兵たちが自分たちも酒を飲みたいと申しております。我らの勝ちも決まったことですし、許可をしてもよろしいでしょうか?」


「好きにしろ!いちいち、そんな事を儂に相談するな!たわけが!!」


「す、すみません!では、認めることに致しまする!」


ああ、くそっ!イライラする。どいつもこいつも、儂を馬鹿にしているのか?……ふん!でも、まあよい。儂は勝ったのだ。これでこの筑前は全部儂のモノだ!わはははは!!!!





……ん?おっと、どうやらいつの間にか眠っていたようだな。


しかし、皆、いつまで酒を飲んでいるのか。まあ……勝ったから、盛り上がるのはわかるが、賑やか過ぎて目が覚めてしまったではないか。


「仕方ない。ここは注意するように命じよう。誰ぞある!」


だが……不思議な事に誰も呼び出しに応じない。それどころか、喧騒はますます大きくなり、時折刀が交わる音も聞こえ始めた。


(喧嘩か?いや、これは……夜襲か!)


しかも、音からすればもうそれほど遠くはなく、逃げる間もなさそうだ。ゆえに、儂は近くに置いていた刀を掴み、抜き放つと……敵の襲来に備えた。


現れたのは……昼間、使者としてこの本陣を訪れていた男だった。


「貴様……降伏は偽りであったか!」


「そのとおり。しかし、少し飢えているように化粧をしただけだというのに、こうも引っ掛かるとは……御大将も間抜けですなぁ!」


「うるさい!黙れ!!」


お互い刀を抜き、幾度か交えながら罵り合い……儂は味方が来るのを待つ。だが、やってきたのは敵の増援。まだ酔いが残る中、力尽きるまで足搔いたが、結局味方は誰も来なかった。


「一応、伝えておきますが、待っても無駄ですぞ。江里口殿も成松殿も円城寺殿も、すでに我らが討ち取ったようでしてな。三途の川にて御大将をお待ちしているかと……」


「馬鹿な!数では我らの方が勝っていたはずだし、なぜ、斯様な事になるのだ!」


「油断なされましたな。まあ、我らとしても、まさかここまで大勢酔いつぶれているとは思いもしませんでしたがねぇ……」


くそっ!兵たちに飲酒を許可したことが失敗であったか!ああ、無念だ。こんな所で終わることになるとは!!


「最後にその方の名を聞いておこう……」


「蒲生家家臣・横山喜内!」


その名を耳にしたのと同時に、儂の首は……。

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