第546.5話 長政様は、事態の鎮静化を裏側で模索する
天正8年(1580年)12月下旬 京・本能寺 浅井長政
慶次郎からの書状を持った早馬が福居に到着し、政元らが関東に遷されることを知った俺は、事態が事態だけに僅かな供周りだけを連れて急ぎ上洛した。
懸念することは、ただ一つだ。この人事に対して寧々の周りにいる市、半兵衛、あるいは忠元のいずれか、それとも全員が……怒りに任せて無茶な事をしないかだ。
もし、そんな事にでもなれば、我ら浅井派閥と関係の深い諸大名は連合を組んで、幕府との全面対決に突き進むだろう。だが、それは寧々が望んでいる事ではないと俺は確信しているため、何とかそうならないようにしなければならないと思っている。
そして、本能寺に到着した俺は、そのまま上様に面会を求めた。ただ、急な訪問のため、側近たちに阻まれてしまう。
「大納言様、お待ちを!只今、上様は関白殿下とご歓談中にて……」
「うるさい!今は天下が再び乱れるか否かの危急の時ぞ。邪魔立てするなら、関白だろうが大僧正だろうが、容赦なく叩き出してくれるわ!!」
「ああ、お待ちを!!」
しかし、誰かが暴発する前に、多少の譲歩を幕府から引き出すことで皆の留飲を兎に角下げようと考えている俺は、強行突破で上様のおわす部屋を目指した。途中で迷子になりかけながらも……。
そうしていると、今のやり取りが聞こえたのだろうか。急に障子が開かれて、関白殿下が真っ青な顔をして部屋を出て行き、上様が苦笑いを浮かべながら行く先に立たれているのが見えた。
「大納言。態々越前からやってきて、一体何用だ?」
「何用ではございますまい。聞きましたぞ、寧々に関東へ遷る様にお命じになられたそうですな。誠に恩知らずな酷い仕打ちをなされたもので……」
「大納言様!お言葉が過ぎまするぞ!」
後ろで蘭丸殿が咎め立てするように声を上げたが、俺は無視して真っすぐ上様の目を見つめた。すると、上様はため息を一つ吐かれて、「まあ、入れ」と言われた。
「それで……大納言は俺にどうしろというのだ?」
そう訊ねながらも、「人事の撤回はしないぞ」と釘を刺される上様に、俺は皆の心情を配慮してもらう事を願い、腹案を述べた。それは、国替えによって没収される領地の内、越前2郡と若狭一国、合わせて15万石は残して頂きたいと。
「それくらいの事もお認めになられないのであれば、某はもう皆を抑える事はできません。よろしいのですか?我が浅井一門250万石と……下手をすれば、北は伊達から西は大友まで巻き込んで、幕府とひと合戦に及ぶやもしれませぬぞ。そうなれば、お困りなのは上様なのでは?」
「大納言……俺を脅すつもりか?」
「上様、すでに市が某を脅しているのですよ。処分の撤回と大樹様に腹を切らすまで家に帰って来るな……そんな感じでして」
「そうか……それは大納言も大変だな……」
同情するなら、要求を認めてくれと思うが……上様は渋られた。それでは、幕府が浅井家に屈したと天下に知らしめる事になるからと。
「ならば……合戦やむ無しという事ですか?」
「誰もそうは言っておらん。ただ、政元は関東に遷して、旧領は全て没収だ。これを今更変えるわけにはいかぬ。いかぬゆえ、何か妙案が欲しいものだ……」
「でしたら、政元の三男坊に与えたらどうでしょう?」
徳三郎も所帯を持って、もう十分大人だ。優秀な家臣さえ付いていれば、治めることはできるはずだ。
「だが、若狭浅井家……いや、今度は武蔵浅井家か。その分家という形では、幕臣たちの警戒は解けぬと思うぞ」
「ならば、政元には別の家名を名乗らせ、その上で徳三郎は我が浅井家の分家という形で、新たに若狭浅井家を創設する形にしましょう。それならば、如何で?」
「なるほどな。確かにそれならば、実態はどうであれ幕府の面目は立つな。だが、越前2郡は兎も角、若狭は余分だろう」
「お待ちを。若狭はそもそも、俺が政元に分与した領地です。勝手に取り上げられたら、それこそ我らの面目がございません」
「何を言っている……若狭は政元が切り取った領地だと聞いているぞ」
「例え政元が大将となり切り取ったとしても、某の命令で攻め取ったに過ぎませぬ。それに……若狭では今、例の運河工事がありますので、この事業を幕府に引き継いで頂くのは些か心苦しくも思いますし……」
あの運河工事の費用は債権を発行して調達しているが、その債権に対する利息の支払いは毎年結構な金額になっていると聞いている。
若狭浅井家では集めた資金を美容薬の工場に投資するなどして増やして、得た収益をその支払いにあてているはずだが、幕府に引き継げば、その支払いは幕府の金蔵から出る事になるわけだ。ご存じではないと思うが、さてどうされるか……。
「……わかった。若狭も浅井領としよう」
よし!上様の言質を取ったぞ。これで、一歩前進だ。あとは市に対して惚けて誤魔化すだけだな。
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