第492.5話 服部半蔵は、物語の裏で打ち上げを行うも……
天正6年(1578年)8月上旬 若狭国後瀬山・服部屋敷 服部半蔵
「そうか……寧々様はようやくお戻りになられたか……」
常に寧々様の影となり、共に行動していたお葉からの書状でそう知らされて、俺はホッと胸をなでおろした。
莉々様の婚礼における失態が若殿様に伝わったことで叱責を受けて以来、今度こそ絶対に酒席での不祥事がこの後瀬山城、並びに西の竹中殿の下へ伝わらないように心を砕いていたのだ。これで終わったのなら……ようやく、心穏やかに元の暮らしに戻れるわけだ。
「では……情報封鎖のために各地に配置している手の者たちも、引き揚げさせてもよろしゅうございますな?」
「ああ……そうしてくれ。あと、皆も疲れたであろうからな。酒でも振舞ってやれ」
「畏まりました。大変な任務だっただけに、皆もきっと喜ぶでしょう。では、早速……」
この場に居合わせた熊之助が嬉しそうにそう言って、この部屋から出ていく。そうだ……本当に大変な任務であった。俺は、これまでの報告書をまとめた記録帳を見つめて、自分で自分を褒めてあげたいと思った。よく頑張ったと。
そして、しばらくすると妹の千津が膳をもって現れた。見れば、お銚子もついている。
「兄上、おめでとうございます。これでようやくゆっくりできますね」
「ああ、そうだな。お葉の書状によれば、寧々様もどうやらお疲れになられた様子で、しばらくこの後瀬山でごゆるりと過ごされるそうだ」
「しばらくとはいわずに、ずっとそうして頂きたいものですね……」
「おいおい、口が過ぎるぞ……」
「だって、言いたくなるじゃないですか。おかげで、わたしの縁談……台無しになったのですから……」
うむぅ……それを言われると、俺は千津に何も言えなくなるな。何しろ、こやつの婚約者だった勘四郎は、任地であった賤ケ岳で莉々様からの密使と死闘に及び……その後、情を通わせていずこかに駆け落ちしていったのだ。あとで聞いたら、相手は美人のくノ一で一目ぼれしたとかで。
もちろん、あとで二人ともキッチリ始末したが……。
「だが、そうはいうがおまえ……捕まえた軒猿の男と良い雰囲気になっているそうじゃないか?」
「え……な、何の事かしら?」
ふぅ……あくまでも惚けるつもりか。越後の樋口与六殿から竹中殿に遣わされた軒猿は、捕えてみると超美男子で、千津が独占的に面倒を見ていることはすでに調べはついているというのにな。
「それで、どうするつもりだ?おまえが別にどうでも良いというのであれば、寧々様に差し出して、処罰してもらうことにするが……」
「ちょ、ちょっと!ま、待ってください、兄上。彦三郎様はまだ怪我をしておりまして……」
怪我はすでに治っていると報告があったのだが……なるほど、彦三郎様か。よくわかったわ。本人にその気があるのであれば、寧々様の許しを得てこの服部党に加わってもらうか。さすれば、千津の婿にすることも問題はないであろう。
だが……そんなことを思いながら、酒に口を付けようとしたその時、廊下を走る足音が次第に近づいてくるのが聞こえた。
「頭領!申し上げますっ!!」
「なんだ、騒々しい」
「お城で一大事が発生!寧々様がまたお祝いの席で……御脱ぎになられたようでして……」
「なにぃっ!!」
これは大変な事がまた起きたものだ。もし、この事が但馬におられる竹中殿の耳に入ったならば……お仕置きを受けた寧々様に八つ当たりをされるのは我ら服部党だ。
俺は零れそうになるため息を堪えて杯を膳に置き、指示を伝えることにした。「この秘密を絶対に西へ漏らしてはならないぞ」……と。
どうやらまだしばらくは、ゆっくりできそうにはないようだ……。
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