第479.5話 寧々さん、宴の跡のその惨状に青ざめる

天正6年(1578年)5月上旬 越後国栃尾城 寧々


一夜明けて、わたしは長政様たちに色々と話しておく必要があるため、広間に向かう。やはり、あの首がニセモノであることは伝えておくべきだと。しかし……


「う……何これ?」


その広間に入った瞬間に広がる惨状にわたしは眉を顰めた。長政様、景勝公を筆頭に、浅井・上杉の重臣たちが悉くフンドシ一丁になって大いびきをかいていて、しかも中には寝ゲ〇している者もいて、その酸っぱい臭いだけでも我慢ができずに、吐き気がする……。


だから、偽首の事はまた今度にすることにして、出直そうと踵を返したのだが……


「うう……寧々か。す、すまぬが……水を……」


「そ、某もお願い申す……」


「寧々様……わしも……」


「ひっ……!」


まるで黄泉の国から舞い戻った死人のように、長政様たちは救いを求めてきて、わたしは恐怖する。


「だ、だれか!」


「如何なさいましたか?」


「弥八郎!」


いつもならば、顔を見たくない相手であるが、この期に及んでは好き嫌いを言っている場合ではない。わたしは、わけがわからないけどみんなが気持ち悪い事になっていると説明して、救いを求めた。だが……


「おや……覚えておられないのですか。誰が中納言様や中将様たちをあのように変えたのかを……」


本当に心の底から呆れるように言われて、わたしは困惑した。弥八郎の話によれば、昨夜盛大に飲み比べを行って、これ以上飲めないと潰れた者から順番に、わたしがその着物を剥いで、あのような姿にしたらしい。


「う、うそよね……?」


「残念ながら、これは真の事にございます……」


そう言えば……薄っすらだけど、そんな事をした覚えがあるような……?


だが、そうしていると、今度は侍女たちが現れて、てきぱきと救護に後始末に取り掛かるが……よく見ると、何かがおかしい……。


「ねえ、弥八郎……あれって、もしかして与六君じゃ?」


一見、美少女に見えるけど……これまで何度もその顔を見てきただけに、流石にわたしは気づいてしまった。彼が女装していることに。そして、他の連中は……上田衆の若者たちだ。


だから、わたしは意味が分からず、何でそんな恰好をしているのかと与六君に訊ねた。だが……返ってきたのは、「もしかして、覚えていないのですか!」という戸惑いの声だった。


「え、ええ……と?」


「寧々様がお命じになられたではありませんか!わざわざ越後に来たというのに、上杉家は持て成しが足りないから、せめて女装して楽しませろと……!」


「え……そうなの?」


全然覚えていなくて、本当にそんな酷いことを命じたのかと思ったけど……弥八郎は否定してくれない。ならば、やっちゃったということか……。


「ごめんね、与六君。みんなも、女装はもういいからね……」


そう言うと、与六君たちはホッとしたような顔をして、「着替えてきます」と言ってこの場を立ち去ろうとしたが、運が悪く……そこにお船さんが通りかかった。


「与六……あんた、そういう趣味があったの?」


「い、いや……これは、寧々様の命令でして……」


「そう……寧々様がねぇ……」


お船さんはそう呟いてわたしを見るから、てっきり「わたしの恋人に何すんのよ!」……とかいうのかと思い、身構えるが……


「流石は、寧々様!いつもながら、素晴らしいお仕事ですわ!」


なぜか、叱られることなく……逆にお褒めのお言葉を頂くことになった。何でも、お船さんはずっと前から与六君を女の子にしてみたいと密かに思っていたそうだ。つまり、この展開は渡りに船らしい。


「ねえ、与六。城下においしいお団子を出してくれるお店があるんだけど、今から一緒に行かない?その格好で」


「え?えぇと……」


「行ってきたら?お船さんから誘うのなんて、滅多にないでしょ?」


「それもそうですね……」


まあ、女装のままというのは確かにひっかかるだろうけど、これがきっかけで結ばれるのであれば、それはそれでめでたい事だ。


「だから、弥八郎。今日の事は、与六君の幸せを後押しした功績に免じて忘れなさい。いいわね?決して、半兵衛にチクろうなんて思わないことよ」


もっとも、チクろうとしても、服部党が西への情報封鎖を完璧に行っているはずだから無駄だけどね。


さて、みんな忙しいようだから、部屋に戻って迎え酒でもやることにしよう。偽首の事は……明日また考えたらいいのよ!

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