第432.5話 勝蔵は、いつかのリベンジに燃えるも……
天正5年(1577年)9月上旬 近江国小谷城 森長可
この婚礼に臨み、俺には一つだけどうしてもやりたいことがある。
「どうしたの、勝兄ぃ。そんなに難しい顔をして」
それは、この大事な妻にもまだ話していない。
「……って、いうか。俺たち、今日から夫婦になるのだぞ。いつまでも、勝兄ぃというのは……」
「あっ!そういえば、そうだったわね。だったら……『あ・な・た』。これでいいかしら?」
ぐほぉ!何という甘美な響きなのだ。い、いや、いやいや、これしきのことで照れてはダメだ。何しろ、我らはこれより夫婦。夜にはもっと凄い事をするのだから……。
「おや、どうしたのですか、勝兄ぃ。顔が真っ赤ですぞ?もしや……初夜の事を想像したとか?」
だが、それを見逃してくれないのはこの義兄だ。俺の顔色がわずかに変わったことに気づいて、すぐにからかいにやって来た。
「うるさい、万福!ちょ、ちょっと、飲み過ぎただけだ!だから、気にするな!」
「そうですか。でも、知っていますか?あまり飲み過ぎたら、あちらがお役に立ちませんよ?」
え……?そうなのか。それなら、一層飲まないように気を付けなければな。それに、俺にはまだやりたいことがあるわけで……。
「ちなみに、母上はしばらく帰ってきませんよ。謙信公と酒盛りを始めたそうで……」
「なに!?」
「おやおや、やはりお酒があまり進んでいないと思っていましたが、勝兄ぃは母上をお待ちでしたか。ならば……いよいよ、再戦を挑まれるので?」
「そうだ。昔、童の頃に『剥けたらまたおいで』と言われたからな。今宵、童貞を捨てる前にケリをつけておきたいのだ」
それは剣術試合の事。かつて、慶次郎殿の婚礼の席では、軽くあしらわれてしまったが、今度こそ勝っておきたいと俺は思っている。
「しかし、謙信公と酒盛りされたとなると、やはり無理かな?」
「いや、そうではないかと。実は母上、酔った方が強くなるので」
それは俺も何となく実体験の中で知っているが、でも泥酔したら話が別なのではないかと口にすると、万福丸はまた否定した。あれはただの虎ではない大虎なので、泥酔した方がより強くなると。
ならば、挑まない選択肢はない。俺は自ら寧々様が酒盛りをされているお部屋に向かうことにした。
「あら?勝蔵君じゃない。どうしたのかしらん?」
「寧々様!お願いがあります。どうか、もう一度某の相手を……!」
「それって……もしかして、莉々との初夜に自信がないから、わたしに相手をして貰いたいということかしら?」
「い、いや、そういうつもりでいったわけでは……」
「……でもダメよ、勝蔵君。それは人の道を踏み外す行いよ。わたしはあなたの義理とはいえ、母親になるのよ?流石に童貞を貰うわけにはいかないわ!」
俺もごめんだ。寧々様は確かに綺麗だとは思うが、最近、化粧で誤魔化しているのがありありと分かるから、絶対に莉々の方がいい。
「いいじゃないか、寧々。貰ってやったら。我は義息だった三郎も食べてやったぞ?」
「え……?食べちゃったんですか。噂では聞いていましたが、本当だったのですか!?」
あと、謙信公……。さらっと、人の道から外れた行いをしたことを白状しないでもらいたい。俺の中にあった天下の義将としての憧れが崩れてしまうから。
「……それで、冗談は抜きにして、そなた何しに来たのだ?」
「実は、寧々様に一度剣の試合を……と」
「だそうだが……どうする?寧々。そなた、かなり飲んでいるようだから、明日改めてはどうか?」
「いいえ、挑まれているのに逃げるのは、この寧々たんの性にあわないわ!じゃあ、勝蔵君。いつでもいいからかかってきなさい」
そうはいっても寧々様は今、丸腰だ。流石にこれでは……。
「隙あり!」
しかし、それはすぐに誤りだったと知る。いきなり足を払われて、その場に俺はひっくり返されてしまった。
「い、ててて……」
「まだまだね、勝蔵君。仕方ないから、このお姉さんが色々と教えてあげるわ♪」
寧々様はそう言って妖艶に笑みを浮かべられると、今度こそ手に木刀を持たれて、俺の勝負に付き合ってくれると言われた。だから、俺はようやく念願を叶えるために挑んだわけだが……
「あはは、参ったか!この寧々たんに勝負を挑むのは、まだ10年早いわ!」
やはり敵わず……気がつけば、袴と褌を取り上げられて、アレに徳利をかぶせられてしまっていた。そう……義昭公と同じように。
はぁ……これでは初夜は無理だな。痛みで意識を手放す寸前、プンスカ怒る莉々の声が聞こえたような気がした……。
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