第412.5話 料理人は、『狐うどん』と『狸うどん』を作る
天正4年(1576年)11月中旬 因幡国鳥取城 とある料理人
おいおいおい……酒宴じゃなかったのかよ。それなのに何で、さっきからうどんばっかり作れと言われているんだ?
「寧々様の方に追加10杯だそうだ!」
「同じく、三河殿も10杯!」
わからん……。一体広間では何が起こっているんだ?それは俺だけではない。この台所にいる料理人全てが同じ思いだろう。だが、注文されているのに作らないわけにはいかず、疑問に思っても皆手を動かしてうどんを作っている。まさに、うどんの無限地獄だ……。
「すまぬな。さっきから迷惑をかけているだろう」
「半兵衛様!?」
すると、そこに半兵衛様が現れたので、俺は慌てて出迎えた。
「一体、何が起きているので?」
「実は……」
そして、半兵衛様から、寧々の方様と徳川三河守様が酒宴で意地を張り合った挙句、どちらが多くうどんを食べることができるのかという……頭の悪い勝負に発展したと説明された。
まあ……それについては、俺のような者に何か言えるようなことはないので、とやかく言うことは控えるが、内心では思う。このお城は本当に大丈夫なのかと。
ただ……それは、半兵衛様に伝わったのだろう。ご自分が居る限り大丈夫だから、安心して働いて欲しいと仰せになられた。
「それで、半兵衛様。何か御用があったのでは?」
「そうなのだ。このままだと、この城の食料があの二人に食い尽くされそうだからね。少々細工をお願いしようと思ってね……」
それは……もしかして毒を盛れという事なのか?以前、宇喜多様の指示で山名様に盛った経験があるから、背中に嫌な汗が流れるが……半兵衛様はそのような無慈悲な事は仰せにはなられなかった。
「あの二人には、そろそろお腹いっぱいになってもらい、この不毛な勝負にケリをつけてもらおうと思います。そこで……」
半兵衛様は言われた。寧々様のうどんに油揚げを、三河守様のうどんに天かすを入れるようにと。
「これで、胃もたれしてくれると思うのですが……すぐに用意できますか?」
「はい。油揚げは、明日稲荷ずしをと思っておりましたのでございますし、天かすも先の膳にてんぷらを出した時の残りがありますのでなんとか……」
「ならば、早速お願いします」
半兵衛様は、それだけ申されるとこの台所から足早に立ち去られた。どうやら、広間の方も大変な状態になっているようだ。「寧々、頼むから脱ぐな!」という中将様の叫び声も聞こえてきた。それはそれで、興味がそそるが……俺たちはやるべきことをやるだけだ。
「みんな……すまぬが、あとひと踏ん張りだと思って取り掛かってくれ」
「「「「はい!」」」」
……それにしても。出来上がったうどんは、美味しそうだなと思った。どんどん広間に運ばれていくが、余れば今日の賄い食はこれにしようと心に決める。そうしていると……
「いい加減くたばれ!この女狐めが!」
「うるさい、この糞タヌキ!おまえこそ糞漏らして死ね!」
まるで断末魔のようにお互いを罵り合う声が聞こえたかと思うと、急に注文が途切れることになった。
「終わったのか……?」
そう思っていると、半兵衛様が再び現れて、寧々様も三河守様も結局痛み分けで、部屋に運ばれていったと聞かされた。
よって、これにて酒宴も打ち上げとなったことから、俺たちは賄い食として、残ったうどんを食べることにする。うん、中々に美味しいぞ……これは。
「そういえば、このうどん。名前を付けませんか?きっと、城下の者に教えてやれば流行りますよ」
「だったら……」
その時自然に、油揚げが入ったうどんを寧々様が食べていたから『狐うどん』、天かす入りのうどんを三河守様が食べていたから『狸うどん』という名が頭に浮かび、その名を口にした。由来はもちろん、さっきの互いを罵る断末魔からだ。
そして、そのように皆に告げると、誰も彼もが大いに笑った。不敬かもしれないが、女狐と糞タヌキに俺たちは苦しめられたのだ。その程度は許されるだろう。
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