第63.5話 政元は、子ができる喜びを爆発させる
永禄5年(1562年)10月上旬 近江国小谷城 浅井政元
もうすぐ花嫁行列が到着する。予定では、今宵は赤尾美作の屋敷で長旅の疲れを癒されて、明日の昼から祝言の運びだ。そして、その花嫁たるお市様の側で、寧々殿が侍女頭として諸事を務められると聞いている。
「それで、若。寧々殿はいつこのお屋敷に来られるのですかな?」
「えぇ……と、祝言が終わって、初夜は色々お手伝いすることがあるから、城に泊まると言っていたから……早くて3日後かな?」
指を折りながら数えると、そんな所か。待ち遠しいが、侍女を続けたいと寧々殿が言っているのだから、これを尊重するのが俺の務めだ。
「ただ、いつ来てもいいように、準備はできていような?」
「それはもちろん。……しかし、本当に祝言は挙げないのですか?大殿様はどうもそこ辺りは不満の様ですよ?」
「仕方ないじゃないか。そういう約束を交わしたのだから。それとも樋口は俺に嘘つきになれと申すのか?」
「滅相もない。若が嘘つきになられましたら、それこそ取り柄が無くなるではありませんか。それなら、同じ狸でも信楽焼の方がまだ役に立つというか……」
「言ったな!」
いつも思うのだが、こうして樋口はよく俺をからかってきては、緊張をほぐしてくれる。それは非常にありがたい事だ。これからもこの気持ちを忘れないようにしなければならないな。
それにしても、祝言か。待つと約束したけど、ホント……いつになるのかな?それまで捨てられたりしないかな……。ああ、不安だ。
「若!」
「ん?遠江守……いかがした?珍しいな、そのように慌てて」
「慌てるも何もございませぬぞ!急ぎ、こちらのお召し物にお着替え下され!」
「え……?」
全くもって意味が分からない。遠江守が手に持つそれは、花婿が着る婚礼の衣装ではないか。
「どういうことだ?祝言を挙げるのは兄上では……」
まさか……兄上に何かあって、俺に代わりを務めろというのか?いや……それはできない。俺には寧々殿が……。
「呆けている場合ではございませぬぞ!もうじき、花嫁が到着する故、早くお支度を!」
「ちょ、ちょっと待て!意味が分からんぞ!」
ゆえに、せめて説明をと思っていると……呆れたような顔をしながらもニヤニヤしている父上と兄上が姿を現した。
「あの……これは一体どういうことで……」
「どういうこともへちまもあるまい!このムッツリスケベが!」
「え……?」
「そうよ!長政の言うとおりだ。おまえな……口説き落としてこいとは言ったが、孕ませてくるとは、一体何を考えているんだ!」
「は、はい!?」
「関白殿下にもおかげで笑われるし……もう、仕方ないから予定変更だ。おまえの祝言を先にする。これからな!」
「はぁ……?」
嵐のように一方的に捲し立てられて、ただ……何となく自体が呑み込めてきた。つまり、寧々殿が妊娠したことがわかったため、これ以上浅井家の恥にならないように、急遽俺の婚礼を執り行うというわけか。確かに、覚えはある……。
「そういう解釈で合っているか?遠江守」
「はい……それゆえに、早くお支度を」
だが……その解釈で合っていることを確認した俺は、喜びを爆発させた。
「やった!子ができる!俺の子ができる!でかしたぞ、寧々!!」
出来ないと聞いていたのだ。だから、欲しいとは思ったけど諦めたのだ。これほど嬉しい事はない。
そして、しばらく周りで遠江守と樋口が呆れる中で、声を上げてわけのわからぬ踊りを繰り返した後、我に返った俺は……それから婚礼の支度に取り掛かるのだった。
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