第51.5話 村井様は、毒饅頭事件の被疑者を逮捕する
永禄5年(1562年)7月上旬 尾張国清洲城 村井貞勝
「ああ!わたしのお饅頭が全部台無しにぃ!!」
捕えた忍びの首がガクンと傾いたのとほぼ同時に、台所から寧々殿の悲鳴が聞こえた。一体何だろうと思って、中を覗き見ると、彼女は血まみれになっている饅頭を一つ一つ確認していた。
「あの……何をなされているので?」
「無事なお饅頭を探しているのよ!ああ……なんでこうなるのよ。折角、玄蕃頭様のために作ったというのに……」
その数はおよそ20。これだけの数を作るのは、手間がかかったはずだが、忍びの血はパッと見ただけでも、どれもこれもに付着しており、特に贈り物にするには無理というしかない状況となっていた。
(お気の毒に……)
それゆえに、俺はそれでもなお必死に確認を続けている寧々殿に同情した。ただ、「薄皮を少しだけ剥いたらいけるかしら?」とかいう言葉が聞こえて、少し引きはしたが。しかし……
「村井様……」
「ん?どうした。杉下」
「忍びはどうやら、その饅頭を食べて死んだようでして……」
「なに!?」
杉下が言うには、死んだ忍びの足元には、食べかけの饅頭が落ちていたそうで、試しにそれを罪人に食べさせたところ絶命したそうだ。
恐るべき真実が部下より伝えられて、俺はなおも取り乱している寧々殿に近づき訊ねた。「この饅頭は、寧々殿が作ったので間違いないですよね?」と。
「ええ、そうよ。玄蕃頭様にお渡ししようと……」
「玄蕃頭様とは、浅井家の御曹司ですよね?」
「そうよ。今日のお礼にと思ってね」
その一言で全て謎が解けた。夕方の出来事は、俺も知っている。玄蕃頭様が寧々殿に暴力を振るわれたことを慶次郎殿にチクり、それが主であるお市様の耳にも入ったがため、多くの者がいる前で激しい叱責を受けたことを。
ならば、真実は一つしかない。
(つまり、この饅頭はそんなチクりの玄蕃頭様に、きっちり報復するために……)
謎が解けてスッキリした半面、俺は青ざめた。玄蕃頭様は浅井家の御曹司だ。それを害するようなことは、お屋形様の顔に泥を塗る行為であり、当然だがあってはならないことだ。
「寧々殿……少々、こちらへ」
「え……?な、なに?わたしはお饅頭を……」
「往生際が悪うございますぞ。事は全て露見いたしましたゆえ、どうかおとなしく取調室までご同道願います」
「え?え?」
こうして、浅井玄蕃頭様の暗殺を未然に防ぐことができた俺は、寧々殿を取調室へ連れて行くことにした。
「ちょ、ちょっと!なによ、意味わかんないわ!あ……お市様ぁ!」
「……寧々。そこまであなたを追い詰めてしまったのね。ごめんなさい。本当にごめんなさい。気づかなかったわたしは、主失格ね……」
「いや、謝らなくていいですから、助けてぇ!!」
……どうやら、今宵は長い夜となりそうだ。
※ちなみに、朝になって慶次郎が事情を村井に説明して、寧々さんは釈放されました。その際に、「今日のように人の迷惑になるので、二度と料理を作らないように」と言い渡されてしまいました。
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