第38.5話 杉原の父は、義敦公に真意を訊ねる

永禄5年(1562年)6月下旬 尾張国瀬戸 杉原助左衛門


義敦公が一門に連なる証として、寧々に桐紋の使用を認めたという話が城下にも広がったせいで、もう隠しきれないと思ったのか。ついにこひは観念して……寧々が儂の子ではないことを打ち明けてきた。


「あなた……本当にごめんなさい!いつかは打ち明けようと思っていたんだけど……」


もっとも、そんな事は寧々が生まれる前から承知していたことなので、別段騙されて悲しいとかいった気持ちは毛頭ないから、少し怒ったふりをして、最後は「仕方ないな」というように事を収めたが、気になったのはかつての主であるその義敦公の事だった。


義銀公が尾張から追われた折にお会いした時は、寧々を危険な目に遭わせるわけにはいかないと、この秘密は墓の下に持って行くと仰せであったのに、一体これはどうした心変わりなのかと……。


「御老公……」


「月日が経つのは早いな、助左」


「はっ……」


隠居所を訪れると、一人ろくろと向き合い器を成形している義敦公は、そのお言葉の通り、最後にお会いした数年前と比べて老いが進んでいるように見えた。


「寧々の事で文句を言いに来たのであろう?」


「はい……」


全くもってその通りだ。義銀公が追放され、今川の脅威も去り、尾張はお屋形様の下で一つになったが、だからといってこの尾張の守護家・斯波一族の存在は、人の心の中にはまだ残っているのだ。それを利用しようとする者が現れたら……と、心配するのは親として当たり前だ。


「何故、桐紋の使用をお認めになられたのですか?ただでさえ、近頃は寧々の出生について様々な憶測が飛んでいるのです。これでは、御老公の子であると周囲にばらすようなものではありませんか」


「そうか。そなたにも心配をかけて済まなんだな……」


だが、義敦公は続けて言った。あれは、斯波の子であることを己自身が利用することはあっても、他人に利用させるような甘い女ではないと。ゆえに、心配はいらぬと。


「そのような事がどうしてお分かりに?」


「さあ……なんとなく?」


「なんとなくって、また無責任な……」


旧主でなければ、怒りのあまり殴ってしまいそうだ。「ふざけるな」と怒鳴りつけたくなりそうだ。


「ただな、口ではうまく言えぬのだが、何となくあの子は只者ではないと感じたのだ。そうだのう……あり得ぬと笑うかもしれぬが、鎌倉の頃の尼将軍、あるいは百年程昔の日野富子様が乗り移っているような、そんなような気がしてな……」


「はあ……」


ダメだ……ついにボケてしまったか。乗り移っている?何を言っているのか、意味が分からない。あり得ないだろう。これは最後の御奉公として、堺の義銀公にお伝えしておくべきか?


「言っておくが、儂はボケてはおらぬぞ。まだまだあちらも現役だし、昨夜も隣の娘をちょろっとシタしな……」


「隣の娘とシタって……作蔵さんの奥さんですか!もしかして、寝取ったのですか!?」


「だって、旦那が清洲に行商に行って、寂しいって言うからのう……」


「言うからのう、じゃないでしょうが!どうするんですか!?また子ができたら……」


「その時はまたそなたに預けよう。一人も二人も変わらぬであろう?」


「変わりますよ!」


この調子で無制限に子を作られたら、きっといずれ寧々の負担になるであろう。国を失ってやることがなくなったのは同情するけど、もうこの辺りでそちらの方も隠居してもらいたいものだ。


「と、兎に角、話は元に戻すが、寧々なら大丈夫じゃよ。心配する気持ちはわかるが、そなたもそろそろ子離れせよ」


子離れしろって……こひを孕ませた瞬間に子離れした義敦公には言われたくないな……。

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