第18.5話 川並衆は、小六の葬儀に憤る
永禄5年(1562年)1月下旬 尾張国丹羽郡宮後村 前野長康
松平元康一行が三河に帰ったので、俺はかつての上司、滝川様に頼み込んで、小六殿の首を貰い受けて宮後村の蜂須賀屋敷を訪ねた。すでに、胴体の方は闇夜に紛れて回収しているため、これでようやく全部そろったわけだが……
「うう……おまえ様……」
「兄者……くそ!」
だからといって、遺族の悲しみが癒えるはずもない。
「小右衛門殿……なぜ、藤吉郎はここに来ないのだ?兄者はあやつの命で死んだと聞いたぞ」
「そうだ。それなのに、何で顔を見せねぇんだ!ふざけているのかよ」
そして、当然だがこのような悲劇を引き起こした藤吉郎の姿がないことに、一同不満の声を挙げる。無論、これについては、俺も奴が謹慎中であることを知っているので、仕方ない話だと皆に伝えるが……
「なあ、小右衛門殿。頭領が此度、松平の首を狙ったのは、藤吉郎が好きな女と添い遂げたいがためだと聞いたが、それは誠か?」
……という、否定しようのない質問を突きつけられて、万事休した。一斉に部屋のあちらこちらから、「ふざけんな!」の怒号が響き渡った。
「これじゃあ、兄者が浮かばれない!そう思わないか、皆の者!」
「ああ、そうだ!こうなったら、猿の首を獲って、墓前に手向けようではないか!」
「仇討だ!やってやろうじゃないか!」
……はあ、ため息が出てしまう。そんなことをやれば、織田家の軍勢がこの蜂須賀村に押し寄せて来ようというのに。頭を冷やさせなければなるまい。
「とにかく、皆の者落ち着け。そのような事を考えるのであれば、我ら前野党は同心できぬぞ。気持ちはわからぬわけではないが、だからといって織田家を相手にいくさなどできぬからな」
「……じゃあ、小右衛門殿は我らにどうしろと申されるのか!?」
「犬に……いや、猿に噛まれたと、今回は諦めるしかあるまい。何しろ、あの猿は織田のお屋形様の飼い猿なのだからな……」
わかっている。無念なのは十分すぎるほどに。
だけど、他に選択肢などあろうか。この蜂須賀家には跡取りが残っているのだから、亡き小六殿の事を思えば、この子を守り育ててこの蜂須賀党を存続させることを最優先に考えるべきだろう。
そして……皆、理解はしてくれたのだろう。反対して、どうしても仇討ちをという声は上がらなかった。
「それで、今後の事だが……」
跡取り息子である鶴丸殿は、まだ5つという童だ。小六殿が亡くなられたので、喪が明ければ元服して、『小六』の名を継がれるそうだが、現実問題としてこの蜂須賀党を仕切るのは難しいだろう。
「それについては、この又十郎が頭領を代行する所存にて……」
「相分かった。前野党としては異存ない。但し、鶴丸殿が長じるまでの間と思ってよいな?」
「ええ、もちろんです」
ならば、これからも川並衆の仲間として力を貸すことを約束した。
「ただ、小右衛門殿。一つだけお願いが……」
「お願い?」
「我らは今後、あの猿と縁を切ることにします。これに、同じ川並衆の仲間として、前野党にもご同心いただけませぬか?」
「ああ、わかった。異存はない」
俺だって、あの猿のやり様には頭に来ているのだ。だから、この話がなくても今後手を貸すつもりなど更々ない。もっとも、問題は織田家が協力を求めてきた時に、圧力をかけて来るのではないかという懸念があるということだが……さて、その時はどうしたものか。
念のために、逃げ道を用意しておいた方がよさそうだな。小六殿の友誼に報いるためにも、最低でもご子息だけでも生き延びる道を……。
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