第6.5話 又左は、権六の勘違いを正さない

永禄4年(1561年)8月上旬 尾張国清洲 前田利家


城からの帰り道、柴田の親父殿の屋敷に立ち寄る。今宵は、『お市様応援隊♡』の定例会だ。妻の松には言えないけれども、本当にお市様はお美しい。お城でちらりとお姿を見せて、心を奪われて股間を膨らませた者は俺だけではないだろう。


現にこの広間には、重臣の佐久間殿や丹羽殿を初めとして、多くの者が集まっていた。色々と妄想しながら情報交換をしているのか。誰も彼もが鼻の下を伸ばしながら、酒を酌み交わしている。


もっとも、これから俺も加わろうとしているのだから、人のことは言えないけれども。


「おっ!又左。来たか」


そして、そんな風にして今宵の居場所を探していると、佐々の内蔵助が声をかけてきた。見ると、丹羽殿と河尻殿とどうやら飲んでいるようだ。但し……この輪の話題は、珍しくお市様の事ではなかった……。


「そういえば、聞いたか。猿の事……」


「藤吉郎がどうかしたのか?」


「杉原家の寧々殿に懸想していると前に言っていたであろう?」


「ああ……」


百姓出身の藤吉郎が、下級とはいえ武家の娘に恋をする。初め聞いたときは、何と大胆で無謀な男だと思いつつも、その行動力に感心したものだが……


「なんか、盛大に振られたみたいだぞ。しかも、お屋形様が仲裁に入られても、無理強いするなら尼になる……なんて言われたらしくてな」


「それはまた……」


どうやら、やはり振られたようだな。それにしても、尼になるって言わせるなんて、一体何をしたんだ?藤吉郎……。まさか、無理やり手籠めにしようとしたんじゃなかろうな?


「まあ、又左は友達やっているようだから、俺たちの気持ちはわからないだろうが……非常にいい気味で、酒が上手い!なあ、与四郎!」


「おおよ!身の程を弁えぬから、木から落ちるのよ!ああ……だから、木下か。あははは!!」


いや……俺が藤吉郎の友達であることを知っているのなら、こんな酷い事を言うなよと……この二人に言いたい。正直な気持ちとして、あまり愉快な話ではないからな。


「まあ、そう揶揄ってやるな。あやつはあやつで本気だったのだから……」


だが、そこに柴田の親父殿が顔を出して、いつもならば一緒になって馬鹿にするはずなのに……今日は珍しく、そんな優しい言葉を吐かれた。


「あ……これは親父殿。挨拶が遅れてすみません」


「よい、又左。それよりも、隣……構わぬか?」


「ええ、どうぞ」


俺の言葉に親父殿は頷かれて、輪の中に加わられた。


「それで、どうしたんですか?今のお言葉……まるで、猿と話したかのような……」


「実はな……今日、藤吉郎と城で飲んだ」


「「「ええ!?」」」


「……なんだ?俺が奴と飲むのがそんなに珍しい事か?」


「珍しいどころの騒ぎではないでしょう!?これまで、顔も見るのも目が腐るから嫌だと仰せだったじゃないですか!まあ、その割には馬鹿にしに態々行かれるのは、矛盾しているなとは思っていましたが……」


「あ、ああ……そんなことも言っていたっけ?」


「に、偽者ですか?も、もしかしたら……今日の親父殿は?」


「阿呆!こんな女にモテぬ顔をした人間が二人もいてたまるか!……ああ、自分で言っていて空しくなったではないか。与四郎……罰だ。おまえ、庭に出て裸踊りしてこい!」


「え……?」


「いいから、やってこい。それとも、俺のゲンコツの方がいいか?」


「や、やります!不肖、この河尻与四郎!!これより、皆様に楽しんでもらうため、誠心誠意努めさせていただきます!」


「えびすくいもやるのだぞ?」


「は、はい!」


……馬鹿な奴だ。余計なことを言うから、このような目に……。


「それで……親父殿。奴と飲んでいかがでしたか?」


「ふむ。色々と話を聞いたが……奴もかわいそうな男よ。余程に好いていたようで、終始泣いておったわ。まあ……あの顔だからな。モテぬのは仕方ないが、それだけに妙に親近感がわくというか、何というか……」


なるほど。親父殿は藤吉郎の事を非モテの仲間だと思われたか。ならば、これは言わぬ方が良いだろうな。奴は杉原の娘以外に何人もの女と遊んでいて、決してモテないわけではないことは。


奴の友として、親父殿と仲良くなってくれるのであれば、これほど喜ばしい事はないのだからな……。

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