寧々さん、藤吉郎を振る!(閑話集)

冬華

第0話 藤吉郎は、寧々さんに求婚する

永禄4年(1561年)8月上旬 尾張国清洲 木下藤吉郎


神社の縁台に座り待っていると……


「藤吉郎さ!」


……と、寧々殿が駆け寄ってくるのが見えた。そんなに急いでは、また転ぶのではないかと心配するが、彼女はそのまま儂の胸に飛び込んでくれた。本当にかわいいものだ。


だから、儂はそんなかわいい恋人の手を引き、隣に座らせると、お屋形様のお部屋から拝借した金平糖を一粒お土産として手渡した。


もちろん、バレたら打ち首は免れないが、何しろ寧々殿はまだ少し幼いが美人だ。他の男……特に美少女大好き柴田の権六に横取りされないためにも、多少の危険は避けては通れない。


「おいしい!」


「でしょ!」


「うん!ありがとう、藤吉郎さ。だぁい好き!」


あははは!大好き、頂きました!いやあ、まいったなぁ。こんなに喜んでくれるのなら、また小姓の仕業に見せかけて、盗みたくもなるというものだ。


「……こんなにおいしいものを食べさせてくれるのなら、やっぱり一緒になった方が幸せになれるよね?」


え……?今、何て言った。一緒になった方がって、それって……


「実はね、今日ここに来る前にね。かか様に勘当するって言われたの。藤吉郎さと一緒になりたいっていったらね……」


「そ、それは……」


「ねえ、わたしどうしたらいい?藤吉郎さ……教えて?」


どうって……どうしたらいいのだろう。いや、儂の都合だけを言えば、そりゃ一緒になってくれって思うけど、親に勘当って重いぞ、これは。


(さあ、どうする?ご両親を説得できれば、一番良いのだが……)


しかし、寧々殿の家——杉原家は、下級ではあるものの武士の家だ。百姓上がりの儂が嫁にくれと言って、果たして相手にしてくれるのだろうか。


(いや……無理だな。それどころか、もう二度と会えないようにお城に奉公させるなり、無理やりどこぞの家に嫁がしてしまうかもしれん)


ならば、答えは一つしかない。即ち、駆け落ちだ。


もちろん、その分寧々殿を幸せにして差し上げなければならないだろう。だが、それがどうした。寧々殿さえいれば、何となくだが、天下さえも獲れるような気がするのだ。恐れるものは何もない。


「寧々殿、儂は……」


自分の決意がようやく固まり、儂はついに寧々殿に求婚することを決めた。そして、その言葉を掛けようとしたのだが……どういうわけか、寧々殿は儂の顔をじっと見つめたまま、まるで凍ってしまったかのように、身動き一つしなくなった。


「ね、寧々殿?寧々殿……」


「え……?」


「ん?寧々殿。わしの顔になんかついておるのかの?」


「ついているって……」


あれ?何だか雰囲気がさっきまでとは違うような気がした。何か、急に大人びたような……。


だが、もう決意は固まったのだ。今更引き返すつもりもない。


「なあ、寧々殿。わしは必ずひとかどの侍……いや、一国一城の主になってみせる。だから……寧々殿の作った味噌汁が飲ませてくれんか!」


言った。言ってやった。思いの丈を込めたこれが……儂の求婚の言葉だ。さあ、返事は……。



※この後、第1話の振られる話に繋がりますが、このように駆け落ちまで覚悟して求婚した藤吉郎は、本当に気の毒ですね。まさに、富士山の頂から奈落の底って感じです。


なので、暴走するのも仕方がないのかもしれません(笑)

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