第389.5話 お市様は、娘の浮気に激怒する
天正4年(1576年)9月下旬 越前国福居城 お市
「お方様……」
部屋でゆるりと茶を飲んでいたら、産後の休暇を与えていたはずのややがわたしの前に現れた。但し……思いの外、深刻そうな顔をしているので、どうしたのか心配する。もしや、長満の身に何かあったのではないかと……。
「いえ、そうではございません。実は、若狭の姉上から書状が届いたのですが……」
「寧々から?」
よもや、新九郎がヘタクソすぎて、香菜が愛想を尽かして寧々の元に里帰りして訴えたのだろうか。歯切れの悪いややの様子からそんな不吉な予感がして、わたしはややからその書状を受取り中身に目を通したが……
「な、なんだ……これは!?」
そこには、茶々が浮気したので、若狭家から追い出した……などという、まだ新九郎がヘタクソだった方がマシと思える事柄がつらつらと書き記されていた。その衝撃は、思わず気を失いそうになるほどに大きい……。
「お方様!?」
「だ、大事ない……。それよりも、やや。すまぬが、藤八郎を呼んでくれぬか?急ぎで……」
「畏まりました」
寧々が嘘を吐くはずがない。だから、わたしは茶々と春、さらには戻ってきた侍女たち全員を処罰することを決めて、今後の対応を相談するべく藤八郎が来るのを待った。
「申し上げます!只今、茶々姫様が春殿らと共に参られて、お方様にお目通りを願っております!」
だが、どうやら藤八郎が現れるよりも先に、罪人共はノコノコとこの城にやってきたようだ。
「目通りは許すわ。但し……全員、そこに座らせなさい。茶々も含めて」
「は?い、今なんと……?そこは、庭ではございませんか」
「いいから、黙って言うことに従いなさい!!」
怒りに任せて、伝達に来た侍女を怒鳴りつけると、今度はややに連れられて藤八郎が現れた。だから、「これは一体何の騒ぎで」といいながら、わたしの脇に座ろうとしたところで、寧々からの書状を渡して告げてやることにした。茶々が浮気して若狭を追い出されたのだと。
「よって、これより処罰を与えるわ。あなたも付き合いなさい」
「お、お待ちください。寧々様も『幼い茶々様が浮気したとは思っていないが』と書かれているではありませんか!悪いのは、若狭家の奥を乱した春とその側近たちであって、姫様まで処罰なさるのはあまりに……」
「いいから!」
反論は許さない。そのわたしの決意が伝わったのだろう。藤八郎はそれ以上口を挟むような真似をせず、庭先に入ってきた茶々と春らを静かに迎えた。
そして……今度は、春がうるさく騒ぐ。
「お方様!これは一体どういうことですか!!姫様を庭先に座らせるなど……」
罪人なのだから仕方あるまいと思うが、納得できないだろうから、まずはその罪状を告げてやることにした。茶々の浮気と春及び側仕えの者たちの職務怠慢、さらに若狭家の奥を乱した謀反の罪を淡々と述べる。
「それゆえに、わたしは茶々を勘当し、尼寺に身一つで送ることにした。親の命に従えず、婚家で浮気をして追い出された役立たずは、最早娘ではないし、生きる価値がないゆえな」
「お、お待ちを!姫様はまだ8歳ではございませんか。まさか、本気で浮気をしたなどとお方様も……」
「黙れ!体を重ねる、重ねないが問題ではない!夫と婚家を蔑ろにしたことが許されぬことなのだ!!」
寧々からの書状には、新次郎は今、政元殿に留守を任されて、何かと政務で忙しいらしく、ゆえに寂しかったのかもしれないと記されていたが、夫を第一に思っていれば、側に行ってできることを手伝えばよかったのだ。
それを弥十郎と水遊びをしたり、その時の薄着の姿のままで部屋に籠ってかるた遊びなどするとは……結局のところ、心を移していたのだろうと断じざるを得ない。つまり、浮気は事実だ。
「そして……春。そなたは、常に若狭家の者を『分家の者』と見下して、そのような茶々を咎める者の声に耳を貸さなかったそうだな?」
「そ、それは……」
「この愚か者!その傲慢さが、茶々に道を誤らせたのだ!他の者も一緒だ!貴様らも、そんな春と一緒になって、好き勝手していたと聞いている。わたしは、貴様らのせいで娘を失うことになったぞ。この罪……どう償ってくれるか?」
「も、申し訳ございません!!ひ、平に、平にご容赦を!!」
「ならん!」
わたしは、この愚か者どもに罰を与える。全員例外なく、この場で浅井家から召し放つことにした。さらに、どこの家にも仕えることができないようにするために、奉公構も付け足す。
「お、お待ちを!!夫に先立たれて、ここを追い出されてさらに奉公構まで出されたら、息子共々これから先、生きては……」
「知らん!」
春が泣き言を言っているが、話は終わったので藤八郎にこの者らを早急に城から追い出すように命じる。無論、茶々もだ。
「母上、ごめんなさい!もうしませんから!」
連れ出されていく時、泣きながらそのように叫ぶ茶々の声が聞こえたが、わたしは心を鬼にして振り返らず、寧々にわび状をかくことにした。長女が居なくなった以上、縁を繋ぐためには、初か江を代わりに嫁がせなければならないとして……。
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