第379.5話 官兵衛は、寧々さんを評価する
天正4年(1576年)6月上旬 和泉国堺 小寺官兵衛
「それでは、わたしたちはそろそろお暇を。官兵衛殿、小西殿、今日はお話しできてよかったですわ」
「こちらこそ」
金策の話が終わり、暫し茶を飲みながら世間話に興じた後、寧々殿は石田殿を連れて部屋から出て行かれた。そして……小西殿が見送りに行かれて、一人この部屋に残ったところで俺は懐から手拭いを取り出して、首筋を流れる汗をぬぐう。
(あれが何かとその名を聞く、東郷局寧々様か……)
冷や汗が止まらない。先程の相談は、惚けたふりをしてその実は俺の本心を試したのだろう。織田に付くのか、それとも毛利に付くのかと。そして、もし答えずにいれば、播磨は但馬の後背地にあたるため、我が小寺家に対して容赦なく策を仕掛けてきたかもしれない。
今尼将軍、巴御前の再来、さらには女張飛と……様々な呼び名があると耳にしていたが、実際に話してみて、只者ではないことはよく理解した。美しい見た目に騙されたら、きっと痛い目に遭うほどの……あれは女傑だと。
「それで、官兵衛殿。実際に会われたご感想は?」
それゆえに、部屋に戻ってきた小西殿にそう訊かれて、俺は素直に「敵に回したくないな」と答えた。
「ならば、小寺家は織田に付かれると?」
「やむを得まい。経済力でも織田が勝る上に、あのような女傑が竹中殿や前田殿のような賢臣・猛将を従えて味方しているのだ。毛利では太刀打ちできまい」
毛利には、『両川』と呼ばれる吉川駿河守と小早川左衛門佐という名将がいるが、それ以外の人材は小粒なのだ。特に総大将たる毛利右馬頭はその最もたる存在で、これでは一時的に持ちこたえたとしても、長期的な視点で考えれば敗北は必至だ。
それがわかっていて、毛利に掛ける者がいるとするならば、それは自殺志願者だろう。
「ただ……問題があるとすれば、今の織田家に味方するといっても、安く見られるということだな。何かいい手はないものか……」
贈り物を安土に献上するといっても、喜ばれるような名物はないし、それにあったとしても我が主・加賀守様は手放すことをきっとお許しにならない。
「いっそのこと、先程の寧々様にお力添えを願っては?」
「いや……織田家の中で、播磨は柴田殿の軍団が攻略を任されていると聞く。ゆえに、浅井家の寧々様が口出しをするのは歓迎されまい。かえって疎まれる可能性がある」
「では……その配下の羽柴様にお口添えを頂いては?」
「羽柴殿?」
その名はもちろん存じている。柴田殿の懐刀と言われて、山城国で山崎城主を任されているお方だ。しかし、なぜそのお方の名がここで出てくる?
「実は、羽柴様は寧々様の元恋人だそうで、今でも何かと気にかけて頭が上がらないとか。ですので、その寧々様のお口添えがあれば、小寺の家は無下に扱われることがないのではないかと……」
「なるほど。その話が真であれば、確かにその可能性はあるな。……よし、ダメで元々だ。小西殿、貴殿から寧々殿にお願いしてもらうことはできるか?」
「承知いたしました。されど、ただというわけには……」
「わかっておる。目薬の卸値を向こう1年半額としよう。それでどうだ?」
「結構にございます。黒田屋の眼薬は、この上方では人気商品ですからな。ありがとうございます」
結構な痛手ではあるが、背に腹は代えられない。とにかく今は、織田家との縁を繋げるのが最優先だ。
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