第369.5話 忠元は、落ちぶれた佐久間を拾う
天正2年(1574年)11月中旬 摂津国石山 斯波忠元
上様より、佐久間殿の登用を認めてもらって、俺は喜太兄ぃと共に石山の寺内町にある宿へと向かう。聞いたところによれば、松永様の侵攻の際にそれまで本願寺側から滞在を認められていた寺が焼けたということで、移られたそうだが……
「ほら!ボケッとしてねぇで、客引きをしろや!ホント、使えない爺さんだな!!」
「す、すみません。すぐに……」
見ればそこは宿屋というよりは遊郭で、佐久間殿は見事なまでに落ちぶれてしまって、番頭のような男に顎で使われてどこかへ行ってしまった。その姿を見れば、つい先日まで織田家の重臣だったとは、誰も信じないだろう。
「俺も一度落ちぶれたことがあるけど、流石にあれは辛いな……」
「そうですね……」
「それで、どうします?あれでも、やはり声を掛けられますか?」
喜太兄ぃは、それでも俺が救いの手を差し伸べると思っているのだろう。そもそも、佐久間殿を家臣に加えることを進言したのは、他ならぬ喜太兄ぃなのだから。
それゆえに、俺の答えは「声をかける」だ。
「すまぬが……」
「ん?あんた誰だ?」
ぶっきら棒にそう答えた番頭のような男に、俺は「斯波左兵衛佐だ」と名乗ると……一拍置いた後に理解が追い付いたようで、慌てて店の奥に駆け込むと、店主を連れてきて共に俺の前に跪いた。
ただ、その様子が周りを騒がしたため、俺は一先ず店の中に通してもらい、用件を告げた。すなわち、佐久間殿と話がしたいと。
「それは構いませんが……どうして武衛様があのような者に?」
「実は、我が家臣に加えたいと思いまして」
「か、家臣にですか!?」
訊けば、佐久間殿が元・織田家の重臣であることは、店主は知っていたようで、その上で金もなければ再起の見込みもないということで、あのようにこき使っているらしい。せめて遊んで積み上げた借金の分は、返してもらうためにと。
だから、こうなると慌てるのは店主だ。再び地べたに土下座して、必死になって許しを請う。もし、佐久間殿が再起を果たしたら、報復されると思っているのだろう。そこを何とか口添えして欲しいと願い出てきた。
ならば、それは心配し過ぎだというものだ。俺の家臣になった以上は、そのようなことは認めないから安心して欲しいと伝えた。
「まあ、そういうわけで、ここで佐久間殿を待たせてもらうが、構わないか?」
「それはもう……いや、すぐにでもお伝えしてお越し願うようにいたしましょう」
先程の番頭のような男が店主の命を受けて店から飛び出していく。すると、もしかしたら近くに居たのかもしれない。佐久間殿がその姿を俺の前に現した。
「これは……武衛様……」
「佐久間殿。少し話があってきたのだが、よろしいか?」
そして、俺は佐久間殿に仕官を勧めた。元居た鳴海城に1万石の領地を付ける条件で。
「あの……御冗談でしょ?某は上様のご勘気を蒙った身。そのようなことが許されるとは……」
「すでに上様の了解は得てある。何しろ、此度の事で我が斯波家は伊勢長島など15万石を加増されて、50万石の大名となったのだ。どうしても、家臣を増やさなければならない」
それゆえに、経験豊富な佐久間殿の力が俺には必要だった。加えて言うならば、彼の下に居た家臣団を吸収出来れば、もっと好都合だ。
「それで如何かな?不足であれば、石高をもう少し増やしても……」
「いえいえ、もう十分です!落ちぶれたこの身には、1万石でも勿体なきお話にございます。この上は、この御恩に報いるべく、心を入れ替えて忠勤を励む次第です。どうか、家臣の列にお加え頂けたらと」
「相分かった。では、これよりよろしく頼んだぞ」
「ははっ!」
こうして、話は上手くまとまり、俺は手始めとして店主に佐久間殿の借金を支払うことにした。全部で300貫(3,600万円)ということだから、どうやらかなり遊んだようだ。
「そういえば、ご子息は?」
「あれは別の店に……」
ならばと、そちらの店にも行き、話を付けることになったのだが……そちらの方は800貫(9,600万円)の借金があって驚くことになった。
もちろん、支払ったけど……本当に心の底から心を入れ替えて貰わないと割に合わないと思うのだった。
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