第358.5話 稀代の悪人は、今日もせっせと火をつける
天正2年(1574年)10月上旬 摂津国石山本願寺 松永久秀
『松永、断固お断り!』
正面に見据える門扉に貼られた張り紙を見て、儂は「またか」とため息を吐く。確かに、大仏殿を焼いたのは悪かったとは思っているが、あれはわざとじゃないんだ。だから、いい加減許してくれてもいいのではないかと思う。本当に、坊主共はしつこい。
ぎぃいい……
「殿。お待ちしておりました」
「ご苦労。では、参るとするかの」
それゆえに、こうして柳生但馬によって門が開いて、その内側——寺内町に踏み込んだ儂は皆に命じた。ただ一言「燃やせ」と。
「「「「ははぁ!!!!」」」」
そして、我が兵たちは素早く散って、あちらこちらで火をつけて回る。聚光院様より初めて兵を与えられて以来、これは我が松永軍の十八番芸だ。無駄のない素早い動きによって、辺りはあっという間に美しい紅蓮の色に包まれた。
だが……当然だが、そんな儂に文句をいう者は必ずいる。
「弾正様!この上は、最早抵抗はいたしません。いたしませぬゆえ……どうか、これ以上の放火は何卒……」
折角、儂がこの美しい景色を愛でて、歌でも一つ読もうかと思っていたのに、この坊主はそう言って邪魔をしてきた。さらにいえば……
「このままでは、罪のない多くの民が死んでしまいます!」
……などと続けて訴えてきたが、その身に着けている高価な絹製の法衣は、言葉の重みを失わせるには十分であることに気づいていないようだ。
それゆえに、儂は呆れ果てて命を下した。日頃、民のことなど何も気にせず、財を成すことのみを考えていたくせに何を今更とばかりに。
「おい。例のアレをやるぞ」
「はっ!」
「えっ!だ、弾正様!?」
儂の合図であっという間に取り押さえられた坊主は、その顔に恐怖を滲ませるが、容赦はしない。いつものような蓑ではないが、これはこれで楽しく踊ってくれるだろう。
瞬く間に、奴が身にまとっている高価な袈裟に火が灯されて、坊主は絶望の中で発狂した。
「ぎゃああ!!あ、熱い!!お助けをぉ!」
「ほう……死んだら、極楽に行けるから嬉しいかと思ったが、助けてくれとはこれまた珍妙なことよ。そうだ……伴天連は確か、祝福するときに油をかけていたな。丁度火付けのために用意しているから、この者にも掛けてやるか」
「ぐあああああ!!!!!!」
油によって炎が激しさを増して、坊主は派手に踊る。ただ、余程悪い事をしていたのだろう。とっても醜悪な臭いがしたので、儂は皆と場所を変えることにした。無論、そこでもまた火をつけるのを忘れたりはしないが……
「おや?これはこれは、佐久間殿ではありませんか?」
焼け出された者たちの中に、織田家を裏切った佐久間右衛門尉が倅と共に紛れ込んでいるのを見つけて、儂は懐かしさのあまり声を掛けた。
「さて、佐久間殿……。謀反を起こした以上は、すでに覚悟をされているとは思いますが、如何なさいますかな?武士の情けをお望みならば、腹を切る時間くらいは待ちますが……」
まあ……その謀反というのが、儂に原因があるからな。それくらいの恩情は構わぬだろう。それなのに、このアホはもしやボケているのか、儂の好意に気づかぬどころか、謀反など起していないなどと言い放った。
持ち場を離れて、この石山に逃げ込んだという……誰の目から見ても言い逃れができない謀反を起こしたというのに、これは一体どういうことなのか。
「実は……某は、織田家と本願寺の和睦が成るように、力を尽くしておりまして……」
「なに!?」
事の真偽はわからないが、もし本当ならば、謀反ではないということか。しかも、それには徳川も1枚かんでいると佐久間は言った。
ただ、そうなると……あの弥八郎の事だ。きっと、徳川に類が及ばないように複雑な工作をしているだろう。儂は正直な気持ちとして、面倒ごとには関わり合いたくはなかった。
「あれ?弾正殿。いずれへ……?」
それゆえに、全てを見なかったことにして無視を決め込んで、儂はこの場を足早に立ち去った。追って来れないようにするために、手あたり次第辺りの建物に火をつけながら……。
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