第337.5話 勝蔵は、進んで共犯者となる
天正2年(1574年)5月中旬 若狭国後瀬山城 森長可
母上め……勝手なことを言いやがって。
莉々を嫁に?そりゃあ、あいつは可愛いし、一緒に居て楽しいし……俺だってそうなればいいって思っているさ。でもな、あいつの心にはまだ万福がいるんだ。ならば、そんな初恋にケリがつくまで見守るのが男の美学ってもんだろうよ。
「勝兄ぃ?どうしたのよ。そんな難しい顔をして」
「え……?なんで、おまえがここに居るんだ?」
「ん?何言ってんのよ。わたしがわたしの部屋に居るのは当たり前でしょ!」
あれ?そういえば……ここは確かに莉々の部屋だ。俺は無意識のうちにここにきたというわけか……。
「あ……でも、ちょうどよかったわ。こないだ、お勝さんのお兄さんが南蛮のお菓子を持ってきてね。勝兄ぃ、甘い物が好きだから取っておいたんだ。食べるでしょ?」
「あ、ああ……頂こう」
「じゃあ、お茶入れるわね」
莉々は「ちょっと待っていてね」と言いながら、部屋から出て行った。そんな後姿を見て、嫁にできたら……と、俺はその後の幸せな生活をつい想像してしまう。
「いけない、いけない。莉々は絶対に俺の事は兄貴分だとしか思っていないはずだ……」
とにかく、今はそれで十分なのだ。そう自分を言い聞かせて、莉々が帰ってくるのを待つ。しかし……そのとき何かが割れる音が聞こえた。
「どうしたんだ?何かあったのか?」
つい気になって、音がした部屋に駆け付けると……そこには割れた茶碗を前にして、青ざめて立ち尽くしている莉々の姿があった。
「ど、ど、ど……どうしよう。や、やっちゃった……」
その姿に尋常ならざるものを感じて、俺は莉々の足下に転がっている破片の側にあった箱を拾い上げた。そこには……『曜変天目茶碗』と書かれた札が貼りつけてあった。ただ、それがどれほどの価値があるのかは、俺にはわからない。
「なあ、莉々。これって、高い物なのか?」
「高い物どころじゃないわ……。これ、上様から賜った貴重な茶碗なの。はぁ……やっちゃったわ。間違いなく母上に殺されるわ……」
殺されるって大仰なとは思ったが、本気で怯えているので今はとにかく落ち着かせなければいけない。だから俺は……割れている茶碗を拾い上げて、それから床にたたきつけた。
「か、勝兄ぃ!?い、一体何を!」
「ふふふ、これで莉々。俺も共犯だ。いや……むしろ、俺が割った。うん、そうしよう。そうだよな?」
「で、でも……それじゃあ、勝兄ぃが母上に殺されちゃうわ!」
「何言ってんだよ、莉々。俺が強いってことは、おまえがよく知っているだろ?寧々様が相手だって、もう負けはしないさ」
うそだ。あの人の武は、益々磨きがかかっていて、俺が敵うような相手ではない。だが、こうしなければ莉々の笑顔が曇り続けるのであれば、敢えて嘘つきになろう。お仕置きを受けなければならぬのならば、甘んじで受けようではないか。
「……なによ、もう。勝兄ぃ、カッコつけ過ぎよ」
「そうか?」
「でも、ありがと。おかげで、わたしも覚悟が決まったわ」
莉々はそう言いながら、桐箱の中に割れた茶碗を入れて、元の場所に戻した。
「いいのか?正直に言わなくても」
「いいのよ。バレたらその時に謝りましょ。勝兄ぃ……その時は、わたしと一緒にお墓に入ってね」
「え……あ、ああ、いいぜ」
わかっているのだろうか。今の言葉って、求婚の言葉とも取れるということを。だが……訊くのは野暮というものだ。それが男の美学というものさ。
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