第308.5話 お手紙公方は、失恋した少女に助言する

天正元年(1573年)9月中旬 若狭国後瀬山城 足利義昭


「お通殿。莉々姫は相変わらず塞ぎ込まれているのか?」


いや、俺が口を挟むことではないのはよくわかっている。寧々殿を心の母上と慕ってはいるが、本当の家族というわけではないわけで、莉々姫も妹というわけではない。


だけど、縁があって同じ屋根の下に居て、何日も部屋から出て来なければ、心配にもなるというものだ。だから、お通殿……そんな不審者を見るような目で睨まないでもらいたい。傷つくから。


だが、そこに政元殿が現れる。どうやら、俺と同じく莉々姫の事を心配してここに来たようだが、お通殿の態度を見て気がついたのだろう。


「お通……無礼であるぞ。そのお方は、先の公方様であらせられる」


「えっ!?」


このように、助け舟を出してくれて、この場を収めてくれた。お通殿はというと、「大御所様とは存ぜず、大変ご無礼をいたしました!平に、平にご容赦を!!」……と頭を下げているが、これくらいの事では怒らないので、それよりもどのような様子なのかを報告するように促した。


「それが相変わらず、お心が塞がれているようでして……」


その言葉を聞いて、隣にいる政元殿からため息が零れるのが聞こえた。今、相変わらずと言っていたが、莉々姫が尾張から戻って来てからすでに半月が経とうかという所だ。食事はわずかではあるが辛うじて取っているそうだが、このままだと悪いことが起こりかねないと思った。


「右中将殿。少し莉々姫に話しかけてもよろしいかな?」


「大御所様……それは……」


「大丈夫。何も無理強いはいたしません。お部屋の外から声をかけて、それでも断られたら諦めます。ですので、許可を頂けませぬかな?」


「はあ……それなら構いませぬが……」


渋々と言った所ではあるが、こうして許可を得ることはできた。俺は早速、その足で莉々姫の部屋の前に行き、言葉を掛けることにした。


「莉々姫様。そろそろ、お話し相手が欲しくはありませぬかな?」


「…………」


「大丈夫です。某はあなたの学問の師でありますので、お味方いたしますぞ。中で見聞きしたことはお父上にもお母上にも話したりはしません」


それゆえに、どうかお心をお開き下さいと願って、返事を待つことにした。


「先生……どうぞ、中へ」


そして、念願が叶った俺は部屋の中に足を踏み入れた。結構荒れて暴れたのだろう。辺りには物が散乱していて、さらに刀も振り回したのか。柱に斬り傷、さらには使ったと思しき刀が抜身の状態で畳の上に突き立てられていた。


「ふふ……驚いた?」


「え……?まあ、それは」


「でもね……おかげでスッキリしたの。全部、もうどうでもいいなって思えて……」


莉々姫は俺に向かって、寂し気な笑みを浮かべてそう言い放ったが、これは危険だと感じた。だから、柄にもなく少々お節介をしてみたくなった。


「莉々姫様。それは本心ではありますまい」


「本心ではない?違うわ、先生。わたし、嘘は言っていないわよ?」


「いいえ、言われていますな。どうでもいいなどとは、まだ思えていないのでしょう?だって、貴女はまだ生きているではありませんか。それは、まだこの世に未練が残っているのでしょう?」


本当に未練がなくなれば、口にはしたくない悲しい事態に発展しかねない。それゆえに、その前に手を打たなければならないと思い、俺は提案した。心のもやもやを全部、紙に書いてみてはどうかと。


「誰でもいいのです。姫のお気持ちを聞いてほしいと思う人に、思いのまま言葉を吐きだしてお手紙をお出しなされ。そして、そのお手伝いをどうか某にお命じください。そのために、ここに居るのですから」


「先生……」


果たして今、莉々姫はどういう気持ちで涙を流されているのだろうか。それはわからない。ただ、少しは冷たく固まってしまった心は動いたと信じたい。

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