前世話(3)寧々さんは、徳川家康に復讐を誓う

慶長20年(1615年)5月下旬 京・二条城 寧々


朝方、駆け込んできた常高院から秀頼の遺児である国松が捕らえられたと聞いて、わたしは二条城に押し掛けた。


「高台院です!大御所に、大御所様に会わせて下され!」


城門にて、大きな声でそう中に向かって叫ぶと、若い侍が現れて常高院と共に中には通してくれた。しかし、これは罠であった。どうやら、家康はわたしのように国松助命を訴える者をこうして一室に閉じ込めて、その間に事に及ぼうと考えているらしい。


中には、秀頼公の従姉である完姫を妻としている太閤・九条忠栄公のお姿も確認できた。


「高台院様……」


「これは、九条太閤様。もしかして、あなたも国松の助命を?」


「ええ……妻は秀頼公の従姉で、淀殿の養女となったことで国松殿は麿にとっても義理とはいえ甥にあたりますからな。当然でしょう」


「ありがとうございます。亡き夫に代わって、この通りお礼を申し上げます」


「おやめください、高台院様。我らは身内ではありませんか。それに、まだ助命が叶ったわけではございませんし……」


太閤殿下はそう言われて、ため息を吐かれる。そうなのだ。この部屋に閉じ込められている限り、国松の助命はかなわない。


だから、わたしは行動に出ることにした。懐に忍ばせていた火打石を取り出してその火種で懐紙に火を灯すと、そのまま手当たり次第に襖や障子に火を移して行った。当然だが、あっという間に炎は燃え広がり、煙も部屋中に充満した。


「ごほ!ごほ!……高台院様、これは一体……」


「少し我慢して頂戴!こうすれば、必ず誰かが来て事態を収拾しようとするはずよ。そこで、国松助命を訴えるわ!」


もちろん、わたしや太閤殿下を軟禁してでも事を進めようとしているのだから、その覚悟を崩すのは容易ではないだろう。だが、何もしないでこのまま国松をあの世に送ってしまえば、わたしはきっと藤吉郎さに叱られてしまう。


だから、こうして一か八かの行動に出たわけだが、目論見通りに事態は好転した。消火活動の邪魔になると庭に出されてしばらくすると、そこに本多佐渡が現れた。


「高台院様……放火とはまた、物騒なことですな」


「あら?豊臣の天下を盗んだ大罪に比べたら、大したことではなくては?」


亡きうちの夫は、臨終に際して確かに「秀頼の事を頼む」と家康に言い残されていた。それなのに、天下を簒奪しただけでは飽き足らず、今は一族最後の子を殺してその血筋を絶やそうとは、とんでもない極悪人だ。


「大体、言われたい事は承知しておりますが……頼朝公の例もございますれば、国松君の助命は無理筋かと存じますが……」


「だけど、その頼朝公とて、平家の御一門を皆殺しにしたわけではありますまい。亡き信長公は、そのお血筋を引いておられたかと思いますが?」


「それは、当時見つけることができなかったからでしょう。こうして捕らえた以上は、その首を刎ねるのが道理。亡き太閤殿下も、浅井を滅ぼした時に嫡男・万福丸を磔にされたではありませんか」


「そうですね。確かに万福丸殿には気の毒な事をしましたね。ですが、我が夫は長政公に万福丸殿の事を託されたのに手にかけたわけではございません。しかるに、大御所様はどうなのです?太閤殿下に託されたというのに、守るとお約束もしたのに、心は痛まれないのですか!」


「天下静謐のためです。時には私心を捨てなければならぬこともあるでしょう」


「納得ができません。私心を捨てるというのなら、欲深く盗んだ天下を我が物とせずに、本来の持ち主に返しなさい!」


「話になりませぬな。そもそも、豊臣の天下は太閤殿下一代限りではありませんか。それをずっと昔から続いていたように言われるのは、如何なものですかな?豊臣とて織田家に天下をお返しにはなられなかったではありませんか!」


だめだ……。本多佐渡は、いや家康は何が何でも国松を助けるつもりはないらしい。かくなる上は、斬り死に覚悟でこやつを斬って、そのまま大御所を狙うべきか?幸いなことに手に持つ杖は仕込み刀だ。


「高台院様……どうか、もうその辺りで」


「九条様……」


そうだ。ここでわたしが感情に任せて暴れてしまえば、類はこの方や子らにも及ぶことになりかねない。豊臣の血を未来に繋げてもらうためには、何としてもそれだけは避けなければならなかった。


「本多殿。せめて、供養だけはきちんとして頂けませんか。豊臣の子として、相応しい弔いを……」


「承知いたしました。それくらいならば、大御所様もお許しになられるでしょう」


九条様は最早これまでと諦めてしまわれて、親族としての最後の役割と言わんばかりにそう願い出られた。それに本多佐渡が合意して、この面会は終わろうとする。


「では、高台院様。某はこれにて……」


そして、それだけを言い残してこの男はわたしの前を去ろうとした。九条家の子らのために我慢しなければならないと頭では理解したが……


(ふざけるな!)


その気持ちが爆発して、気がつけばその背中に向かってわたしは言い放っていた。


「本多佐渡!大御所にも伝えなさい!アンタたち、絶対に許さないからと!もし来世があってめぐり合うことがあれば、絶対にこの報いを受けさせてやるから覚えておきなさい!!」


完全な負け犬としての捨て台詞だということは理解している。だが、言わずにはいられなかった。しかし、本多佐渡は、そんなわたしに何の反応も示すことなく、この場から立ち去ったのだった。

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