前世話(2)半兵衛の嫁は、友のやり直し人生にエールを送る
寛永元年(1624年)3月上旬 京・高台院屋敷 得月院(お稲)
寧々様が住まわれているこの高台院の庭に咲く桜は、今、丁度満開と言った所だ。
しかし、それを目にしても、わたしの気持ちは晴れたりしない。この桜がやがて散るように、わが友の命ももうすぐ散ろうとしている。それは、案内役としてわたしの先を歩いている利次殿から聞いたばかりだ。おそらく、来年の桜は見ることができないだろうと。
「久しぶり!元気にしているかい?」
「……あんた、知っていて言っているでしょ。見ての通り、もう長くはないわよ」
縁側に座り、脇息に体を預けてわたしを見る寧々様は、昨年お会いした時よりもやつれていて、顔の色がよろしくない。なるほど……利次殿の言葉は嘘ではないようだ。
「それで、今日はどうしたの。もしかして、今生の別れを言いに来た?」
「正解♪」
「そう……ならば、歓迎するわ。よく来てくれたわね、お稲殿」
いけない……どうやら、年を取ったせいか涙もろくなっているようだ。だが、今はまだ泣く時ではない。用事を先に……済ませなければ。そう思いながら、用意していた丸薬を懐から取り出して手渡す。
「なに?これ。また変な薬を作ったの?」
「ああ、そうさ。あんたがもうすぐ死ぬと聞いてね。ならば、実験台になってもらおうと思ったわけさ」
嘘だ……。豊臣が滅びて一緒にこの寺で泣いたあの夜から、寧々様に人生をやり直してもらうためだけに、昔、放り出してそのままにしていた研究を再開して作り出した薬だ。
「変な味はしない?」
「噛まずに飲み込めばいいだろう?」
「それはそうかもしれないけど……あとじゃダメ?」
「ダメ。あんた、何年わたしと付き合っていると思っているのよ。そう言ってわたしが帰ったら捨てるつもりでしょ?きっとそのうちいいことが起こるから、今すぐこれを飲みなさい。さあ、わたしの目の前で!」
「わ、わかったわよ。飲めばいいんでしょ、飲めば……」
そう言いながら、寧々様はわたしが手渡した丸薬をその場で口に含み、側に置いてあった白湯と共に喉に流し込んだ。
「どう?」
「どうって、何も起こらないわね。大体、さっきの薬……どういう効果があるの?」
「さあ?」
「さあって……」
薬の効果は、過去の……運命の分岐点への逆行。寧々様なら、きっと候補は二つ。太閤殿下と一緒になる決意をされた日か、あるいはその殿下がお亡くなりになられた日か。そのいずれだろうとは予測しているが……それは、行ってからのお楽しみだ。だから、わたしの口からは教えたりはしない。
「まあ、いいわ。聞いたところでどうせわからないだろうし、いいことが起こるとだけ信じておくわ」
「そうしてくれると助かる。それにしても……あんたが居なくなると寂しくなるわね」
「寂しいんなら、一緒に来る?半兵衛もあっちで待ちわびていると思うわよ」
「冗談じゃない。わたしはまだまだ生きるつもりさ。そうじゃないと、延命薬なんて作った意味がないだろ?」
「あれ、効いているの?俄かには信じられないんだけど……」
「効いているから、わたしはまだ生きているんじゃない。わたし、あんたより年上ということ、忘れた?」
「そう言えば、そうだったわね。見た目が若いから、完全に忘れていたわ……」
延命薬を作った時、寧々様の分も用意したのだが、受け取ってくれなかった。もうこれ以上生きても仕方ないから、むしろ早くあの世に行きたいと言われて。だからこそ、わたしは願う。
今度のやり直しの人生は、幸せになってもらいたいと。
「ついでに、うちの青瓢箪も助けてくれると有難いな……」
「ん?何のこと?」
「こっちの話さ……」
とにかく、わが友の行く先に幸あらんことを……。
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