第180.5話 半兵衛の嫁は、錬金術師
永禄12年(1569年)1月下旬 美濃国菩提山城 お稲
急に鼻がむず痒くなり、くしゃみをする。どうやら、誰かがわたしの噂をしたようだ。まあ……十中八九、うちの青瓢箪だろうけどさ。
それにしても、近江に行ってから4年半か。此間来た手紙には、今若狭にいるらしいけど、果たして元気にしているのかねぇ。体が弱いんだから、無理をしてなければいいんだけど。
あれ?そういえば、嫁いでから好き勝手にさせてもらっているが、子供とか作らなくていいのだろうか……。
「義姉上。堺から小西殿がお見えになられていますが……」
「……やっと来たかい。久作、ここに通してくれるかい?」
この人は旦那の弟で、竹中家を無理やり押し付けられた苦労人だ。ただ、基本的にわたしには不干渉でいてくれて有り難かったりする。本当なら、錬金術の研究などという……こんな怪しいことをしている義姉など、早く追い出したいだろうに。
「あの……あまり高い物は買わないでくださいよ。我が竹中家は、兄上からの仕送りが増えたとはいえ、家計は火の車なのですから……」
「ああ、分かっているって。そんなにクドクド言わずとも……」
……ったく、毎度のことながら、金がないのなら敵将の首でも取ってきて、身代を大きくしてみろっていうんだ。ホント、使えない義弟だねぇ、まったく。
まあ……そんなことよりもだ。今日は何を持ってきてくれているんだろうかねぇ、小西殿は。珍しい薬草や種、香辛料でも装飾品でも別に構わないが、できることなら、錬金術に関する書物が欲しい所だ。そうすれば、石ころを金に換えて、大儲けだ!
「お方様?」
「おお、小西殿!よくぞ参られましたね。ささ、中に入って頂戴!」
そして、いつものように息子さんに荷物を持たせて、小西殿はこの研究所に姿を現したので、わたしは二人を研究所の中に通した。
「それで……わたしの心を震わす『珍しい品』とやらは、手に入ったのかい?」
「もちろんにございます。どうぞ、ご覧ください」
「ん?これは……」
「御所望の錬金術に関する書物にございます」
小西殿からそれを手渡されて、もちろんわたしは狂喜した。しかし、早速中身を開いて少しだけ目を通していくが……異国の書物は、当然だがこの日の本の言葉では書かれていない。つまり、わたしは読めなかった。
「ねえ、小西殿。恥を忍んで頼むのだけど……これ、何と書いているのか、教えてはくれない?」
「え……?奥方様、読めないのですか!?」
「当たり前でしょう!わたしは、お主のように南蛮人と知り合いがいるわけではないからね。む、無論!いずれは学びたいとは思っているけど……」
すると、小西殿はため息を吐かれて、「実は、某も読めないのです」と答えられた。何でも、自分は読めないけど、わたしならば読めると思って買ったらしい。「なんだ、それは!」と呆れるが……それをこの場で言っても始まらないことにも気づく。
「兎に角……読める人を探してほしいわ。お願いできる?」
「畏まりました。それが次の依頼ということで……」
そして、差し当たってこの書物の代金として、100貫(約1,200万円)支払った。これだけでは役に立たないのに、えらく強気な値段だが、わたしが買い取らなければ、大陸に行ったときに売り払うと言われたら、飲まざるを得ない。
なお……この半年後、遥か西方の波斯国(ペルシャ)の商人を小西殿が連れてきて、その者に文字を習った結果、わたしはこの書物の解読に成功した。
本の題名は、『死者の逆行理論』。
眉唾物だが、ここに書かれている通りに薬草などを調合して作った薬を飲めば、死んだときに自分の時間を遡って、運命の分岐点となる時間に巻き戻ることができるらしい。
そして、その薬こそが、今のこの造り替えられた世界の起点となっていることをわたしは知らず、勝手に高価な買い物をしてしまったことを……この時はいつものように、久作に叱られたのだった。
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