第173.5話 長政様は、京における事の顛末を知る

永禄12年(1569年)1月上旬 京・東寺 浅井長政


三好勢を洛外に追い出して、俺は東寺に陣を置いた。この後、仮御所となっている本能寺で開かれる祝宴に、公方様からお招きを受けているため、あまり時間は割けないが……それでも、聞いておく必要があった。


若狭の政元の元に居ると思っていたこの義妹と慶次郎が、なぜここにいるのかと。


「さあ、納得のいく説明をしてもらおうか?寧々殿」


「え……えぇ、と……た、単なる観光ですよ?そうしたら、なぜか巻き込まれてしまって……」


目線を決して合わせようとしないが、寧々殿は斯様に答えた。


「その割には、義昭公と仲が良さそうだったな。以前は目通りもかなわなかったというのに、貴女が口添えをしたらあっさりとは……」


「そ、それは……そう、きっと、上様も心細かったからだと思いますよ?あれだけの敵に囲まれていたわけですし、駆けつけてくれて嬉しくないはずが……」


「その敵だが、我が軍が駆けつけた時には、どこぞに消え失せていましたな。なんでも、慶次郎と貴女の二人で、三好日向守の軍勢を打ち破ったという話を耳にしたのだが……」


「え……いや、流石にそれは話を盛り過ぎかと。わたしは、米蔵で上様と共に大人しく……」


寧々殿は相も変わらず嘘を並び立てるが、実の所、既に調べはついている。遠藤から初めて聞いたときは驚きもしたが、この寧々殿は此度の戦いで三好日向守を狙撃した最大の功労者ということだ。さらに、この後の宴席では、最上の席が公方様直々の命によって用意されているとか。


だから、その事を話したうえで、俺はもう一度寧々殿に告げた。今なら怒らないし、お市にも半兵衛にも政元にもチクらないから、正直にこの京で何をしていたのか。包み隠さずに話すようにと。


「そ、それは……」


「では、慶次郎。そなたの口から聞こうか。どうなのだ?」


「はぁ……実は……」


「慶次郎!?まさか、わたしを裏切るつもり!?」


見苦しくも往生際が悪くも、寧々殿はなおも変わらず、そのように言って慶次郎の口を閉ざそうとするが……


「寧々様……きっと、左京大夫様は全部ご存じですよ。ならば、こちらからお話しましょう」


……とそう言って、この京に来た目的とここまで何がこの京で起こったのか。包み隠さず全部打ち明けてくれた。しかし……その中には、聞き捨てならないことがいくつか散見していた。


「な、なんだと!義昭公のアレに徳利をかぶせて高笑いしていただと!」


いくら何でも、あり得ない話を慶次郎がして、俺は驚きのあまり声を荒げた。


「どうして、そんなことになったのだ?」


「それは……上様がわたしを酔わせて、手籠めにしようとされたからで……」


だが、実際には手籠めにあったのは義昭公。酒には強く、しかも酔うと手が付けられないと噂で聞いたことがあったが、どうやらそれは事実のようだ。なるほど、これは半兵衛が以前零していたように、絶対に飲ませてはダメだな……。


「しかし……不思議なのは、どうしてそのようなことがあったのに、義昭公は貴女と親密なのだ?普通は、打ち首にされてもおかしくないと思うのだが……」


「それはわかりません。ですが、妙に気に入られて……『心の母上』などというのです。わたしの方が遥かに年下なのに……ああ、キモチワルイ」


『心の母上』か。もしかして、おむつを換えるようにフンドシをはぎ取られたから、その意趣返しなのかとも思ってしまう。しかし、慶次郎が「そのお陰で、従三位と『春日局』の名号を賜りました」と言えば、話はそんな単純な話ではないと気づく。


何しろ、その位階は従四位下の俺よりもはるかに上なのだから。嫉妬だってしてしまう。


「慶次郎!何もその話まで言わなくても……」


「ですが、寧々様。殿はこの後、どちらにしても内裏に参内されることになります。いずれにしてもそこで知ることになるのですから……」


俺が内裏に?何でそんな話になるのかと思っていると、これこそが寧々殿たちがこの京に来た理由だと知らされた。すなわち、主上より織田の義兄上を裏切らないようにという言葉を直接賜ることになるという。


「もしかして……政元との仲違いを心配して……」


「それもないわけではありませんが、何よりもわたしが大好きなお市様の幸せを守るためです。そのためには、絶対に織田のお屋形様と敵対するようなことがあってはなりませんので」


「それは……戦えば、俺が負けるということか?」


「ええ、負けますね。最後は、小谷まで攻め込まれて、殿とお義父様は御自害、猿夜叉丸様は磔。お市様だけは命を助けられることになるでしょうが、いずれどなたかに再嫁されるでしょう。但し……幸せだとは限りませんが」


「そうか……」


そこまで具体的に言われてしまうと、ぐうの音が出なかった。そして、寧々殿は俺に「主上よりそのようなお言葉を賜ることこそ、最高の栄誉ではないでしょうか」と説いた。


「つまり……俺に織田家と争うなというのだな?」


「はい。そのとおりにございます」


無論、だからと言って素直に従えるかと言えば、迷いはある。ただ……そのために、この京で幾度と危険な目に遭ったこの義妹の献身に俺の心は熱くなり、大きく揺れたのだった。

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