第142.5話 信長様は、師に解決策を求める

永禄11年(1568年)3月下旬 美濃国岐阜城 織田信長


「お屋形様。沢彦禅師がお見えになられております」


岐阜に帰るなり、俺はこうして師を呼び出した。理由は、小谷で寧々に約束した通り、万福丸に師となる名僧を紹介するために、これぞという人物を推挙してもらうためだ。


「すると、お屋形様は、その万福丸殿が油断ならぬ人物に成長すると思われているのですかな?まだ齢6歳という童だというのに」


「無論、考え過ぎだという可能性は否定しない。しかし、俺はこれまでこういう直感を大事にしてきた。弟・信勝が俺を殺そうとしたとき、桶狭間の時もそうであった。それゆえに、此度も軽々しくは考えたくないのだ」


それに、もし万福丸が見込み違いだとしても、俺の腹は痛むわけではない。だから、師となる高僧を斡旋すること自体は問題なく、誰かいないかと禅師に訊ねた。


「そうですな……天下に二甘露門あり。一人は下野の大虫宗岑、そして、もう一人は甲斐の虎哉宗乙。このいずれかを招くのがよろしいでしょう」


「大虫宗岑と虎哉宗乙か……。禅師の目から見て、どちらが優れている」


「甲乙つけ難いからこそ、二甘露門として並んでおるのです。どちらが優れているのかなど、愚問ですな」


少し厳しい口調でそう答えられたので、俺は詫びていずれにも使者を出すことを決めた。どちらも承諾して頂けるという事態になれば、一人は三河の婿殿に紹介してもよいだろう。


「それで、そのような油断ならぬ子ならば、当然鎖は付けられたのでしょうな?」


話が急に変わり、禅師の口から飛び出した言葉に俺は苦笑いを浮かべた。鎖というのは縁組のことだと理解するが、寧々の万福丸の子に斯波の血を入れたいという気持ちも理解できる。それゆえに、流石に無理強いできる話ではないと首をそのまま左右に振った。


「甘いですな。実に甘もうございますぞ、お屋形様。そのようなことで、天下が獲れるとお思いですかな?」


「しかし……禅師。寧々が誰を選ぼうと、俺の養女にするという約束は取りつけた。これに先程の師匠斡旋を加えれば、安心とまではいかなくても十分なのではないか?」


「そう思われたいお気持ちは重々承知いたしますが……やはり、ご息女の婿となさった方がよろしいかと拙僧は愚行致します。さすれば、奇妙丸様との関係も強固なものになり、次代の政権は御安泰になるかと」


沢彦禅師の言うことは尤もだ。しかし、ならばどうすればよいというのか。


「簡単ではありませんか。お屋形様の血を引く斯波の娘を儲ければよろしいのですよ」


「俺の血を引く……斯波の娘?」


その意味が今一つ理解できずに、俺は考え込む。あ……そういうことか。即ち、斯波家所縁の女を側室に迎えて、その者との間に娘を儲けて嫁がせればよいということだろう。


「だが、そんなに都合よく娘が生まれるのだろうか。しかも、万福丸の年齢を考えたら、あまり長くは待てないぞ……」


仮にすぐに種付けをして、来年早々に生まれたとしても、万福丸とは6歳差だ。そこで失敗して男の子でも生まれようものなら7歳差、更にそこでも失敗すれば……


「お屋形様。何も斯波家所縁の娘は、この世に一人しかいないわけではありますまい。津川殿に頼んで、大勢集めるのですよ。さすれば、そのうちの誰かが娘を産むこともあるでしょう」


「なるほど。それは実に妙案ですな。それなら、確実に万福丸を我が婿にすることができますな」


俺は禅師に礼を言うと早速、先の武衛であった津川三松軒を呼ぶことと、マムシ酒を城下から集めるように、小姓に命じた。ここからは、体力勝負だ。

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