第114.5話 慶次郎は、殿の花道を赤く染める
永禄8年(1565年)3月中旬 京・二条御所外 前田慶次郎
寧々様を含めた義輝公らご一行がまず東に向かって立ち去ったのを見送って、俺は煙管を吹かした。
目の前にいるのは敵、敵、敵……全て敵ばかりだ。しかも、旗印が急速に入れ替わっているので、どうやら敵も怯えている連中を下げて、こちらを攻撃する準備を整えつつあるようだ。
ならば……相手にとって不足はなかった。あとは、殿という男の花道を……奴ら三好の血で染め上げるだけだと気合を入れた。
「前田殿……まずは、無人斎殿の鉄砲隊がお相手する故、貴殿は下がられよ」
「はい?」
しかし……どこにでも、そんな漢気に水を差す者が居るもので、俺にそう命じる者がいた。義輝公の側近である進士美作守殿だ。
(ふん!大方、幕府の面目とかを考えているのだろうが……)
はっきり言って、それは作戦としても悪手だと思う。現にそう命じられた無人斎殿も、遮蔽物の無いこの通りでの銃撃戦はあり得ないと思われたのか、命令の撤回を求めたが……
「無人斎殿!屋根からの銃撃は見事でありましたな。此度もどうかその調子でよろしくお願いしますぞ」
……と応じる気配がみられず、挙句の果てに最後は、「とにかく、俺の命令は上様の命である!そなたらは従えばいいのだ」と、吐き捨てるようにこの場を離れていった。そして、もうこうなると、その指示に従わざるを得ず、無人斎殿は配下の者たちと準備を始めた。
「ご老体。流石にそれでは……」
「承知しておる。ゆえに、儂ら鉄砲隊は一撃を加えた後一旦下がり、乱戦の準備をしようと思う。それまで任せられるか?」
「それは問題ないが……あとで命令違反にはならないのか?」
悔しいが、美作はアホでも幕臣……しかも、義輝公の側近中の側近だ。それゆえに、仮に生き残ったとしても後で、無人斎殿が命令違反を咎められないかと心配した。
しかし……そんな俺の気遣いに、無人斎殿は笑って答えた。それは無用の心配だと。
「どのみち、義輝公は将軍を辞されるのであろう?ならば、何の権限で儂を処罰するというのかな」
「なるほど……それもそうですね」
「それよりも……そろそろ来るぞ。そちらも準備を頼んだぞ」
「ああ、任せてくれ」
無人斎殿は俺に「頼りにしているぞ」と言い残して、鉄砲隊の下へと向かって行った。そして……迫りくる敵に向かって、予定通り一斉に銃撃を加えた。
ならば……ここから先は、俺の出番だ。
「我こそは、前田慶次郎利益!あの世にあるという極楽とやらに行きたい者から、かかってこい!」
「小癪な若僧が!皆の者、討ち取れ!!」
「「「「「「おう!!」」」」」」
先程までの惨劇を知らないのか、はたまた知った上で復讐の炎を心に灯してなのかは知らないけれども、多くの三好兵がこちらに向かって突き進んできた。ゆえに、俺はそれらの者に対して、容赦することなく朱槍を振るった。もちろん……次の瞬間、夥しい数の首が宙を舞った。
「うそ……だろ?」
「何だ……今のは、見えなかったぞ。え?こ、こちらに来る!来るなぁ!!」
「た、助けてくれ!俺には村に許嫁が……」
許嫁?そんなの明日は他人の嫁だと、その者と周辺の者たちの首をまとめて宙に飛ばして、俺は前に進むと、そこの無人斎殿が槍を持って配下の者たちと駆けつけてくれた。正直なことをいえば、援護など必要ないと思ったが……
「貴殿の側にいるのが、命を長らえる秘訣となりそうだからな」
駆けつけるなり、先にはっきりとそう言われてしまえば、断るわけにはいかなくなる。だから、仕方なく無人斎の思惑が外れないようにと、また20人ばかりの血を追加して、花道を赤く染めたのだった。
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