第104.5話 剣聖は、『宇宙人』と遭遇する

永禄8年(1565年)2月下旬 京・近衛邸 上泉伊勢守


初め、その話を御台様から伺って、何を馬鹿なことを言われているのかと思った。我が最高の弟子ともいえる義輝公に、女が挑む?怪我をさせたらどうするつもりなのかと。


しかし、御台様と……さらには、関白殿下にまで「どうしても」と請われて、こうして寧々殿の指導を行うことになり、今日でそれも6日目となるが、毎日が驚きの連続であった。


乾いた砂が水を吸い込むように……とは、まさにこのことだろう。教えた技は忽ちのうちに覚え、さらに自分の物として寧々殿は進化させていく。ただ、それも土台となる基礎技術があってのことで、急激に上達するにつれて、一体誰に剣を教わったのかと儂は興味を抱いた。


「寧々殿。あなたの剣は、我が新陰流に通じると思うのだが、どなたかに学ばれたのですよね?」


それゆえに、学んでいなければ、寧々殿の剣を説明することは不可能だと考えて、思い切って、柳生あたりが怪しいと、具体的に石舟斎の名を出してもみた。しかし、寧々殿は「ひ・み・つ」と言って、口を割ることはなかった。


「先生、ダメですよ。乙女の秘密を探ろうなんて、野暮な真似をしたら……」


「子を3人も産んでいる肝っ玉母さんが乙女とは」と、訊いた瞬間吹き出しそうになったが、それは偏見だと気づいて笑うのはグッと我慢した。そもそも、女だと甘く見て、こうして毎日驚かされているのだから、儂の方が考え方を改める必要があるのだろうなと気づいて。


もちろん、だからと言って、日々増していく寧々殿に不気味さを感じて、儂は寧々殿の腹心たる竹中殿にさり気なく訊ねてみることにした。寧々殿は一体何者なのかと。すると……


「そうですね……例えていうならば、宇宙人と言った所でしょうかねぇ……」


「宇宙人?」


思いもよらぬ答えが返ってきて、「それは一体なんだ?」と思って、もしかしたら古の唐土で誰かが定義した言葉なのかとも疑ったが、竹中殿は「要は、常人では理解できない人のことを言うのですよ」と答えてくれた。


「大体、そもそもあの華奢な体で、剣まで得意だと思いますか?普通は」


「思わないな。ただ、それには儂も同意するが……この義輝公との対戦を発案したのは貴殿では?」


「負けると思ったから、提案したのですよ。負けて、骨の一本でも二本でも折ってくれたら、『なに女を相手に、大人げないことをしているんですか!』……って、公方様を非難できるでしょう?」


「なるほど。つまり、それが貴殿の本当の狙いだったということか。それならば、浅井家は公方様と三好の争いに巻き込まれずに済むと……?」


「ええ、その通りですね。しかし……このままだと、寧々様は勝てそうなのでしょう?」


勝てるかどうか。義輝公の実力は紛れもなく儂の弟子の中では最高位に近い。それでも、だからといって、贔屓で目を曇らせることはできなかった。やはり、儂は……そう思って、正直に思っていることを口にした。


「……純粋な力勝負であれば、男の義輝公には及ばないと思いますが、それを補う速さと正確さが寧々殿にはありますな。誰に教えてもらったかは存じませんが、これならば勝負が行われる日までには、圧勝するだけの実力を身につけられるでしょう」


負ければ、坊主で隠居生活に突入されるとは聞いているが、義輝公も愚かな約束をしたものだと思った。まさに偏見は身を亡ぼすということだろう。かく言う儂も、肝に銘じねばと思うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る