第21話 力湧く、魔湧く



喉が通らない。

そのせいで詠唱が遅れ、

防御漏れが起こり徐々に削られていく。

魔力と体力とまともな皮膚が。

次にでかいのが来たら、ひとたまりもない。


『ベテルギウス』


すまない、ユウキ。

せっかく生きようと思ったのに。

すまない友よ。

せっかく生かして貰ったのに。





「だめ…」





誰かの声が、聞こえる。





「死んじゃ、だめえええええエエエエエ!!!」





ユウキの声だ。

ユウキという以外、何の変哲もない幼児の声。

叫び。

だが不思議と。


が湧いてくる。


力が湧いてくる。

鼓動が高鳴る。

血が早まる。

時間が遅く感じる。

赤鱗があんぐりと口を開け、涎を垂らしている。

蛇のような舌。

牛の角のような牙。

血管走る口腔。

つまり肉、無防備な。

そうだ。

ここを目指していたんだ。

鱗の奥の皮膚の奥の脂肪の奥。

切れば血が流れる場所。

逆鱗を突くみたいな面倒なことはしなくていい。

ここにそれがある。

剣を握る。

左腕に…力が入る。

右に少し倒れ、両手で剣を握る。

湧いてきた力の限り剣を素早く振り、

口の端ごと、舌ごと振り抜く。

そして赤鱗の喉奥に、突き刺す。



今にも宙の炎が放たれようとしている時、

ひどく冷静に手札を確認した。

ユウキの鼓舞で、残量が増えた訳では無い。

私が元いた世界の服と杖が戻ってきたのだ。

だから魔が溢れ出てきたように感じた。


『寒冬の王国、極地の山嶺』


先程の二の舞にならぬよう事前に気を冷やす。

そして足元に前傾の『極地の山嶺』を埋める。

余剰が生まれないよう声量を一定にする。


『虫の皇』


そして『極地の山嶺』をせり上げる。

これを維持していれば、家屋は守れるだろう。

魔法の上に立っていた私は、当然跳ね上がる。

最低限の魔力で家屋を防ぎ、

銀鱗を飛び越しながら背後に回る。


「ぐぉ!?」


眼前に迫ってきた防御魔法で、

銀鱗は少し自分の炎を浴びるだろう。

別にそれには何も期待していない。

ざまあみろと思っただけだ。

そして期待通り、銀鱗は振り向いてくれる。


『寒冬の城塞』

「今更そんな魔法で防げると思うか?」

『極地に城を構える冷酷な女王よ』

『プロメテウス!』


詠唱時に、叫んだ。

神域に達した炎、

全霊の力をもって

こちらを殺し切るつもりだろう。


『虫の皇』


それをまともに受ける気などない。

また防御魔法で自分を跳ね上げる。

それに驚かずに、

銀鱗は首を持ち上げこちらを追う。


「読んでいたわ!」

「そうか」

『寒冬の城塞』が銀鱗の首にめり込む。

「ぐがッ!」


空いた口が塞がる。

防御魔法は物体を

固定化させ盾がわりに使う魔法。

その質量は固定化した物体と範囲に比例する。

『山嶺』をせり上げられる『虫の皇』は、

『城塞』を軽々空に放る。

その衝撃をくらいながらも、

銀鱗は首をもたげ家屋の方を見る。

『極地の山嶺』でも、二度目の、

神域の炎は防ぎきれないだろう。


「させない!」


防御魔法の向こう側で、

遮音に阻まれながらも

聞こえるような声量で誰かが叫んだ。

メグミだ。


「ふんッ!!」


只人が、『山嶺』を押し、銀鱗の口にぶつけた。


「むんぐッ!?」


『極地』は痛いほど冷たいだろうに。

ユウキの鼓舞のお陰だろうか。

そう思いながら、銀鱗の頭に着地し、

攻撃の準備をする。

『彼の者の来訪を』

攻撃の準備をさせていたのは

『寒冬の城塞』だけではない。

二方向に手をかざす。

『冷たくあしらえ』

銀鱗の背後の『極地の山嶺』もだ。


「gggbbbbbbooooooo!!!」


前後の極低温の氷柱に細胞を殺されながら、

銀鱗は魔法を介さない、本音を叫ぶ。

この首の損傷では二度と炎は吐けないだろう。

だがまだ命には至っていない。

シルファンの方を見る。

どうやらあちらも上手くやったようだ。


『鎖状の牢郭』


防御魔法で固定化した土を、

今度は鎖状にし銀鱗を縛る。

極低温のおまけ付きだ。


『虫の皇』


銀鱗を飛ばし、赤鱗を押し潰させる。

首は揃った。


「ggggyyy!?」

「bbbbb!?」

「うおっと!?」

「シルファン殿!剣を振り上げてくれ」

「お、おう!」


言った通りに振り上げてくれる。


『氷山の一角』

『鎖状の牢郭』の冷気を借りて、

シルファンの剣に尖った氷柱を作り出す。


「おおおお!?」

『金剛研磨』


氷柱を磨き、神秘の鋭利を宿す。


「やってくれ」

「ああ!」


シルファンは大上段に構える。


「っりゃああああああ!!!」


そして振り下ろす。

銀の鱗は冷気によりその神性を失い、

砕かれるようにして押し進められる。

やがて氷剣は銀鱗のドラゴンの首を割る。


「ggggyyyy!?」


そのままの勢いで、赤鱗の首に差し掛かる。

素で貫かれた肉はもとより、

鱗は別世界の鋭利に全く抵抗できていなかった。

赤鱗の首も切り落ちる。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る