第18話 赤竜
「gggggggg」
家の屋根、2階相当の高さにいるのに、
目が合う体高。
肩から腕にかけてのコウモリのような骨格。
赤い鱗。
爬虫類の顔。
火の粉が漏れ出る口、牙。
神の失敗作としか言いようがない。
天上の反逆者。
大して私は、鎧を着たただの人間。
ただ、準備をしてきた。
ベルトに忍ばせた針状の暗器を、
ドラゴンの眼球に投擲する。
瞼に防がれたが、一瞬の隙は稼いだ。
地面に降り先程足場にした剣を持つ。
暗器の使用など騎士道に反するが、
今は四の五の言っている状況では無い。
この村の、ユウキの、
そして私自身の命がかかっている。
確実に勝てる戦いにしなくてはならない。
次に欲しいのは盾だ。
あれがなければ火球を逸らせない。
我が家の方を一瞥する。
盾の位置は把握した。
取りに行くまでの時間を、どう稼ぐか。
考えている間に、ドラゴンの喉が燻り始める。
その様子をじっくり観察する。
燻りが橙まで達した時、ドラゴンの口が爆発し、
そこから火球が放たれる。
そこまで見てから、紙一重で躱す。
仕組みは理解した。
喉で爆発を起こし、
その勢いを火球に乗せて打ち出しているのだ。
火球の着弾にはこの距離でも
僅かに差が生じている。
月の輪郭から見えた仄かな光は、
きっとこの動作の最初の爆発だったのだろう。
つまり、このドラゴンの火球は軌道が読める。
燻りが最高に達する時、その時の首の向き、
角度が軌道だ。
ならば避けるのは容易だ。
実際に先程も避けた。
後ずさりしながら、盾に近づく。
避けられるとはいっても、盾は必要だ。
剣の間合いに入った時に、
相打ちであってはならない。
爪や牙も防がなくてはならない。
怪物を相手に、用意を欠いてはならない。
そう心に言い聞かせながら、
相手を見下さずに中心に据える。
また燻る。
火球を避ける。
盾の方向に、あるいはその反対に。
悟らせずに、だが徐々に近づいている。
跳躍一つで掴めそうな場所まで至る。
ドラゴンの喉が燻る。
やがて橙に登りつめた時、
盾に向かって跳躍する。
盾の取っ手を掴み、転がりながら構える。
これで盾と剣が揃った。
我が家から少し離れられた。
ドラゴンは未だ私に釘付け。
マイナスから
ゼロになったと言えば気分が悪いが、
状況が好転したと言えば聞こえが良くなる。
改めて、ドラゴンと正面から対峙する。
火球を生成した際の熱か、
喉付近の空間が揺らめいている。
まともな生物ならば、
耐えられない温度があるはず。
その温度に達するまで火球を撃たせれば、
しばらく放ってこない…はず。
ドラゴンに対しまともな推測が
役に立つかは分からないが、思考を巡らせる。
怠ることは許されない。
両手の武具を握りしめる。
先程からの観察で分かったことがある。
このドラゴンは、それほど知能が高くない。
人間以上の知能があるのなら、
盾を取らせてはくれなかっただろうし、
人質を使うこともあるだろう。
このドラゴンはその兆候すら見せずに、
ただこちらに愚直に火球を放ってくる。
知能を利用できるような力の差ではないが、
一対一でいてくれるのなら
それ以上のことはない。
剣で盾を叩き、わざとらしく挑発する。
「gooooo!」
挑発に乗り、
ドラゴンは喉を震わせ火球を連発する。
それを先程と同じように、左右に受け流す。
いつまでたっても燃え上がらない
こちらに痺れを切らしてか、
火球の頻度を上げる。
喉の辺りの空間が更に揺らめく。
「Shyyyyy、Shyyyyy」
ドラゴンが声高に呻く。
もう火球は撃ってこない。
どうやら限界が来たようだ。
盾を構えながら近づく。
ドラゴンの反射的な翼での殴打を防ぐ。
その隙に翼に剣を突き刺すが、
鎧に阻まれ上手く突き刺せない。
柔らかい箇所を狙うしかない。
そういえば、
逆鱗が弱点であると聞いたことがある。
なぜ、想像上の生物だと思われていたドラゴンの
弱点が知れ渡っているかは定かではないが、
狙う価値はある。
翼のこれでもかという連続攻撃を防ぎながら、
ドラゴンの懐に近づく。
近づくにつれ攻撃が苛烈になっていくが、
受け流しと切り払いを駆使し乗り切る。
やがて逆鱗の位置が分かるまでの距離になる。
確かに顎に一枚、逆さに着いた鱗がある。
逆鱗は不安そうにゆらゆらと揺れており、
確かに弱点のように見える。
ここに一太刀浴びせるのなら、
大きな隙が必要だ。
それを考える。
その間を与えまいとしてか、
ドラゴンは復活した喉を燻らせ、
火球の準備をする。
ここだ。
ドラゴンのあんぐりと開けた口、
その喉奥のに盾をぶち込む。
「gghhyyy!?」
突然の口内の異物に混乱してか、
ドラゴンは絶叫しながら若干上を向く。
フラフラと生えた逆鱗を見せつけるように。
逃さず、剣閃。
巡れた逆鱗のその隙間。
ずぶと差し込む。
出血や筋肉の収縮に抗いながら、
刃を押し付ける。
刃が根元まで達した時、
剣を持ち替え振り抜こうとした。
振り抜こうとした。
が。
剣が折れた。
男爵から譲り受けた、名剣。
驕っただろうか。
怠っただろうか。
あるいは、
元からそういう運命だったのだろうか。
「gggyyyyaaaa!!」
折れた勢いのままドラゴンの足元に屈みこみ、
綺麗に蹴られる。
足爪がくい込み、吹っ飛ばされる。
蹴られた時の衝撃か、
あるいは転がった時の衝撃か。
左腕が、折れている。
もう盾は持てないだろう。
心配しなくとも、
盾はドラゴンの口から
吐き出されてひしゃげていたが。
今の所持品。
鎧。
折れた剣。
暗器。
これらがドラゴンの
絶命の一助となることはないだろう。
だとすれば、逆鱗から滴り落ちる血が、
命に達するまで待つか。
「kkkkkkk」
ドラゴンの喉が燻る。
無理だ。
脚が動かない。
火球を避けられない。
すまないユウキ。
約束を守れそうにない。
ドラゴンの喉が爆発し、火球が放たれる。
『守よ!』
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