第6話 歪みの先へ


即座にユウキの左を見る。

私がいる。

長身で痩身、長髪で蒼白。

疲れた目をして物憂げにこちらを見ている。

向こうもそう思っているのだろうか。

だが自分はもう少し、血色がいいように思える。


『帰レ』


奴の顔がそう歪んだ。

まるで音を目で見ているかのように、

歪みで意思をぶつけてくる。


『帰レ』


奴はユウキの方を向きそう歪んだ。


「ヒッ」

「友人を驚かさないでくれるか」

『帰レ』

「あとその手を離せ」

『帰レ』

「チッ」


手で無理やり引き剥がした。

筋金でも入っているかのように、

柔軟性のない腕だった。


「一体なんの用だ」


一応問う。


『帰レ』

「…そりゃ帰ってもいいが、

まずはこの少年を故郷に届けなきゃならない」

『帰レ』

「くそっ」


対話は無理そうだ。


『風切羽!』


ユウキを抱えて高速移動する。

距離を話離してしまおう。

そうすれば諦めるかもしれない。


「あいつは知り合いかい?」

「ううん…あ!」


ユウキが背後を見て何かに気づく。

気になり後ろを見ると、

先程の自分らしき何かが膨張し始めていた。

どんどんその速度が早くなる。

距離を離しているのに、

常に傍に立たれているような

気さえ起こしてしまう。

一体なんなんだ?あいつは。


『帰レ』


そう歪んだ奴は、体全体に歪みを伝搬させ、

弾けた。

弾けた物体にまともな肉などなく、

灰色の何かとなって波のように押し寄せてきる。

いくつかの修羅場を

くぐり抜けてきたつもりだが、

若干の恐怖を感じてしまう。


『優駿!』


『風切羽』のままでは灰色の何かに

捕まりそうだったので、加速する。

すると後背の物体が、

泡立ちながら定型をとり始める。


『虫の皇!』


警戒のため、

腰を落として強く飛翔し地面から離れる。

灰色の何かからは瘤ができ始め、

やがてそれは人型になった。

また私だ。

しかし先程の奴よりも再現度は低く、

この空間と同様に伝聞から

想像したような姿の私になっている。


『帰レ』


そうしてまた口々に歪む。


「あとどのくらい!?」

「もうすぐ!でっかいおしろみたいなところ!」


でっかいお城。


『帰レ』『帰レ』『帰レ』


特徴を聴いておきたかったが、

奴らの歪みが頭に入るせいで、

上手く言葉を紡げない。

そして確かに、城は見えてきた。

かつてどこかで見たような、

しかし特徴となる設備のない

ありきたりな城が見えてきた。

確かにこれを断言して城とは呼べないだろう。

侵入できそうな、丁度よく開いた窓を見つける。


「飛び込む!」

「ん!」


城に侵入し、壁に激突する直前で止まる。

後方の奴らはあらゆる窓に少しめり込みながら、

城全体を覆い光を奪ってきた。


『蛍烏賊!』


即座に魔法で廊下を照らす。


「次はどこに向かえばいい?」

「おおさまがすわってるところ!」

「分かった!」


わかったとは言っても、

場所を知っているのはユウキだけ。

雑な城に規則性を求めても

余計に混乱するだけだ。

ユウキの先導に従う。


「う」


限りなく不細工な私が、廊下の奥で立っている。

まだこちらに気づいていないようだ。


「他に道はある?」

「うん」


脇に逸れ、奴を迂回する。


「あ!!」


三人の奴らが、曲がり角の奥で立っている。

今のユウキの声でこちらに気づいたようだ。


「王様が座っているところがどの方向にあるか、

わかるかい?」

「あっち!」


斜め上、おそらく上階の城の中心を示している。

ユウキは既に腕の中にいる。


『虫の皇!』


そして。


『城塞!』


飛翔しながら防御魔法で床を砕き進む。


「ここ!」


ユウキが叫んだ階に足をつける。

丁度玉座の間に着いたようだ。


『帰レ』


穴から数体這い出てくる。


「ここの!」


ユウキは玉座に駆け寄る。


「ここ!」


玉座の裏を覗く。

それに続くと、確かに歪みがある。


『帰レ』『帰レ』『帰レ』


玉座の間に奴らが溢れてきた。

歪みの先の安全確認などさせてくれないようだ。


「ええいままよ!」


ユウキを抱え、飛び込む。


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