第5話 世界が殺しにやってくる


巨大な何かに、下から突き上げられる。


「ぶッッ…」


肺の中の空気が押し出され呼吸困難になるも、

抱えたユウキは何とか守ることができた。

何が起こった?。

気を抜かずに握っていたはずの杖が、

手元からなくなっている。


「ほう、丘鯨か、お主運がいい」


空中で回転しながら、下を見る。

確かに丘に擬態した丘鯨が、

大口を開けて待っている。

何故だろう。

何かがおかしい。

ドラゴンがやってきてからだ。

論理をすっ飛ばして、

世界が殺しにかかってきている、

ような気がする。

あの時ユウキを無視して死んでいれば、

こんなことにはならなかったのだろうか。

実に。

馬鹿馬鹿しい発想だ。


『優駿』


吹っ飛ばされた際の回転を軸とし、

最大まで加速する。

一旦体勢を立て直さなければならない。

身構えもせず受けた一撃は、相当に重い。

回復をしたいが、

ドラゴンがそれを見逃してはくれないだろう。

付かず離れずの距離を追走してくる。

丘陵地帯を越え、森が見えてきた。

あの中に潜めば、回復が行えるかもしれない。

姿勢を傾け、森へ直進する。

それを察知してかドラゴンが手を伸ばしてくる。

ギリギリのところで森に入り、

ドラゴンを出し抜いた。

枝葉を全身に打ち付けながら着地する。


「大丈夫!?」


ユウキが目を開け驚愕の声を上げる。

その目には不安と心配が入り交じっていた。

もう目は覚めたのだろう。


「ああ大丈夫、こんなのちょちょいのちょいさ」


口が切れて出た血を飲み込む。


『安息の…」


言いかけたところで、辺りの木々が揺れ始める。

そのざわめきは徐々に大きくなり、

軋む音まで聞こえ始めた。

傍にの木が倒れ空が開かれた時、

上空でドラゴンが暴風を

起こしているのが見える。

翼と魔法による複合技術だ。

一つ、二つとまた倒れ始める。

開拓でもする気か?。


「まずいな…」


いずれ見つかってしまうだろうという不安を、

まずいと吐露する。

それどんな意味を

汲み取ったのか定かでは無いが、

ユウキは辺りを見回し始めた。


「あ!」


叫び、指を指す、

指し示す場所には、一見何も無い。

だがよく目を凝らすと、

空間に歪みが発生している。

異変を見つけて指さしたのなら、

それはそれでなんの文句もないが、

転移してきたユウキが

見たことあるものだとしたら、

賭けてみる価値がぐんと上がる。

ドラゴンは今木を倒す真っ最中であり、

罠である可能性は低い。

歪みに近づき、試しに石を放る。

石は歪みを通り過ぎず、

歪みの中へと消えていった。


「行こう」


ユウキを抱え、頭から入る。



「?」


文字が途切れた。

続きが滲むこともない。

突然なぜ?。

紙にはまだ余裕があるし、

激しく動かした訳でもない。

本当に突然途切れた。

滅茶苦茶気になるところで途切れた分、

余計に原因を究明したくなる。


『prrrrrrrrr』


電話が鳴った。

警察からの連絡だろうか。

何か進展があれば嬉しいが。

昨日から何も食していない。



「なんだ…ここは?」

「わかんない」


歪みを通って抜けた先。

そこには混沌が広がっていた。

まず床が藁とレンガが

混ざりあって敷かれている。

太陽はなく空は極彩色によって

閉ざされているが、

何故か辺りは明るい。

御者のいない一頭引きや二頭引きの馬車が、

大通りらしき道を行き交っている。

遠方には石と木が支離滅裂に

配置された家も見える。

まるで異国の人間が、

伝聞だけでレイネンドを思い浮かべたような、

そんな光景だった。

自分たちが入ってきた歪みは、

足元から消えている。


「ここに…来たことあるのかい?」

「うん」


頷きが帰ってくることは予想していたが、

ユウキにはあまりここを歩いて欲しくはなかった。


「あっち」


指を指し、先導する。

とりあえず着いていくが、

指し示す方向には何かあるように見えない。


「その…一旦落ち着いて回復したいんだが」

「あ、ごめん」

「いいんだ」


苦しくない体勢で座り、患部に手を当てる。


『安息の家、潔白の証明』


血の巡りを良くし、患部を清潔にする。

回復が得意ではないので、応急処置が精一杯だ。


「終わったよ」

「ん」


ユウキはまた先導する。

市場への行き帰りと違って

ユウキが中心となって歩いているので、

速度はユウキが基準となる。

幼児の歩調に合わせるのは、

微妙な加減を要求されるものだ。


「どこまで歩くんだい?」

「ずーっとむこう」

「へー」


大雑把すぎて不安になってくる。


「あのね」

「うん?」

「ゆうきくんね」

「うん」

「ここきたとき、ゆめかとおもったの」

「ほう」

「だからね、

たのしいなーっておもってあるいてたら、

またねちゃって、

そしたらアデーラのいえにいたの」

「なるほど」


今朝私が寝ている間に家に歪みが生成され、

元々この空間にいたユウキが

我が家にたどり着いたというわけか。

ユウキがどのようにして

ここに送られてきたかは定かではない。

ユウキは私が、

あるいは本人が考えているよりも

過酷な環境にいたのかもしれない。

頭を掻いているユウキの右手を、そっと握る。


「…?えへへ」


ユウキは少し振り返りこちらを見る。


「え?」


ユウキは私の左手を見て、

そして右手の方も覗き見た。


「え!?」


何かに驚愕し、立ち止まった。


「どうしたんだい?」

「え?だって、ゆうきくんのひだりて…」


「だれがにぎってるの?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る