第4話 魔物の大軍
銀鱗と睨み合いながら、足裏で何かを感じる。
地面が揺れている。
地震のような緩慢とした揺れではなく、
震えているような揺れだった。
それは徐々に大きくなる。
ドラゴンを視界に収めながら辺りを見回すと、
土煙が上がっている場所を見つける。
その原因は、すぐに丘陵から顔を出した。
魔物の大軍だった。
「壮観だろう」
ドラゴンは大軍を見ながらそう言った。
「お主を殺すためだけに連れてきた、
魔の最高戦力よ」
「たった一人を殺すために、
ちょっと仰々しすぎやしないかい?」
「素直に喜べ」
ドラゴンの喉が赤く燻る。
来る。
『寒冬の』
予想通りの火炎が、ドラゴンの口から放たれる。
『城塞!』
低温と高位防御障壁の複合魔法で、
ブレスを正面から受け止める。
「ふおおおお!」
脇に抱えたユウキが、素っ頓狂な声を上げる。
確かに火炎ブレスと複合魔法の相殺は、
驚いていいほど綺麗な光景を生む。
しかしこの少年の楽しみようは、
些か夢心地のような距離感だった。
もう少し緊張感があってもいいんじゃないか。
それは置いといて、
このまま耐えるだけでは
大軍が近づいてきてしまう。
ここは攻撃に転じるべきだろう。
『極地に城を構える冷酷な女王よ!』
詠唱を長く、強い言葉を選び、
そして大きな声で唱えるほど、
魔法は強力になる。
『城塞』は遮音も兼ねている。
口元の動きも相殺の光で見えていないだろう。
まずは一撃入れさせてもらう。
『彼の者の来訪を冷たくあしらえ!』
詠唱が終わると、
氷壁は極低温の更に向こう側へ赴き、
空中であるにもかかわらず
正面に氷柱を伸ばし始めた。
数十の巨大な氷柱は、
龍炎を掻き消しながらドラゴンに接触する。
「ぐおお!?」
ドラゴンが呻いた後、その場に倒れる。
『脱兎!』
隙を見計らって魔法で飛翔。
『風切羽!』
空中で更に加速する。
「うひゃああ!」
ユウキがまたおかしな声を上げる。
対処のしようも無いので無視する。
加速してどこに向かっているかといえば、
かの魔物の大軍だった。
「gowwwwww!」
「rrrrrrrrr!」
「bbbbbbbbbb?」
様々な種族の阿鼻叫喚が聞こえる。
どれも意味の無い呻きだ。
どうやら人語を介したり
言語を持つような上等な魔物はいないようだ。
ならば有効だ。
地面に手をつける。
「仕事の時間だ」
言い終えた時には、
視界の端に光の柱が立ち上っていた。
「P―――!」
永遠を生きること肯定的に捉えていた頃に
設置した、 低級な邪なるモノを消滅させる
『昇天』の罠。
使い所がなかったので危うく
片付けてしまうところだった。
正常に機能しているようで、
次々と柱が登り始める。
「はえー」
ユウキは食い入るように柱を見つめている。
「ちょいと、しっかり捕まってな」
「ん」
『風切羽』
大軍を引き連れて高速移動する。
四速の素早い魔物を少し引き離す程度の速度で。
魔物が人里に一匹でも流れ込まないように、
ここで迎撃しなければならない。
『昇天』には人間にも若干の精神汚染の効果が
あるので、避けて通る。
数々の断末魔が聞こえてきた。
飛び道具や投擲物を避けながら、
魔族の消滅を待つ。
断末魔が途絶え始めてきた頃、翻って振り返る。
低級魔族はほぼ消えており、
中級魔族が数百匹残っている。
ちょうどいい。
もうすぐ到達する頃合いだ。
思案の数秒後、爆音が鳴り響く。
中級魔族用に、家から離れた場所に
威力の高い罠を数種類数百基散りばめておいた。
雷音や爆発は徐々に増え始め、
その効果の程を示す。
先程よりも悲惨な断末魔と、
魔物の肉片が飛び散る。
「ひ…」
子供には目を伏せさせるべき光景だったか。
「目ぇ瞑ってな」
「ん」
ユウキはぎゅっと目を瞑る。
これで安心して悲惨なことができる。
「やってくれたな」
頭上から声がした。
銀鱗のドラゴンが空中で追走している。
その翼の片翼には穴が空いていた。
予想していたよりも早く復帰に
脳内で次の策を講じる。
「効いたぞ」
「それはよかった」
苛立ったのか、ドラゴンはまた喉を燻らせる。
『寒冬の城塞!』
先程と同じように相殺する。
相手の炎の規模が小さかったのか、
障壁の中が冷え込む。
どうやら過剰だったようだ。
出力を少し落とすか?。
刹那の思考の中、
ドラゴンの喉の燻りが
大きくなるのを見逃さなかった。
『氷!』
最短での氷壁の増強が間に合い、
火炎を防ぎきった。
まずい。
ドラゴンにこちらの手が読まれている。
罠で大軍を討滅して魔力を温存し、
ドラゴンに最大火力を注ぐ予定だった。
ドラゴンが早く復帰した影響で大軍と合流され、
相殺の駆け引きのせいで
余計に魔力を使ってしまっている。
このままいくと、魔力が尽きてしまう。
ドラゴンも炎が尽きるかもしれないが、
武器はそれだけではないだろう。
爪や牙、膂力に尻尾がある。
対して自分は比べるべくもない拳しかない。
どうしたものか。
魔物の大軍を見る。
数が少なくなっており、
先頭には器用に罠を避けながら
四足で走る冷馬の群れが先頭を走っている。
寒冷地帯に適応した、自ら冷気を発する馬。
しめた。
作戦を思いつき、氷壁を薄くする。
ドラゴンはやはりこれを好機と見て、
火力を上げた獄炎をぶつけてくる。
当然のごとく氷壁は破られる、が。
『逆巻く旋風!』
強風によって獄炎を逸らし、
後方の冷馬にぶつける。
足跡から霜が降りると言われた冷馬も、
ドラゴンの獄炎にはどうすることもできず
灰になるしかなかったようだ。
「あくまで我の一歩先を往くか」
冷馬より後方の魔物は
もうほとんど残っていない。
やがて罠で討滅は達成されるだろう。
ようやくドラゴンとの一対一に臨める。
前傾姿勢を解き減速しながら、
丘の頂上に立とうとした。
その時だった。
巨大な何かに、下から突き上げられる。
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