第3話 銀鱗の加筆


アデーラ・クゥスは平凡な生まれだった。

軍人家系というだけで幼少の頃から

よく訓練や狩りに連れ出され、

親への反感を募らせていった。

その反感が魔道へと至ったのは

当然の帰結なのかもしれない。

家の異端と断ざれたアデーラは、

自ら寮制の魔道士養成学校へと入学する。

そして徐々にその才と頭角を現し始め、

修学する際には首位の成績となっていた。



序盤を少し読んでみて、

文体に差異はあれど大島大五郎の著作と

同じものだと断定する。

家中を探しても勇気は見つからず、

明け方に警察に相談した。

葬儀の直後ともあってすぐに動いてくれた。

そうしてやるべきことは終わらせたが

落ち着いていられなくて、

地下室にあったこの『とある魔女の一生』を

読んでいるという次第だった。

どうにも引っかかる。

この本は本棚にあるものを数度勇気に

読み聞かせたことがある。

が、それは灰色の装丁などではなく

カラフルなハードカバーのものだった。

実際に見比べて、確かに二つ存在していた。

中身も何故か灰色の方は手書きだった。

原文か何かなのだろう。

そんな本が、なぜ地下室にあったのか。

何か重要そうなことに手をつけていないと、

暴力的な焦燥に押しつぶされてしまう。




「んふふ」


買い物から帰ってくる道中、

ユウキは楽しそうに笑っていた。

この土地の盛んな市場に当てられたのか。

あるいは途中で買って与えた

串焼きが美味しかったのか。

荷物と共に魔法で浮いていることなのかは

分からないが、とにかく嬉しそうにしていた。


「えへへえへー」


かわいい。

ユウキの親はさぞ心配していることだろう。

市場の掲示板には特にめぼしい情報はなかった。

この奇妙な共同生活はしばらく続きそうだ。


「ついたよ」

「え〜」


名残惜しそうに地に足をつけている。


「もっかい!」

「買ったものを収納してからね」

「やった!」


ユウキは石鹸の入った箱を持つ。


「それは…机の上に置いといて」

「はーい」


机の前まで駆けて、

背伸びしながら箱を持ち上げている。


「んしょ…んしょ…」


日は既に登りきっている。

以前の予定通りだったならもう死んでいる頃だ。

こんな愛くるしい光景を見る前に死のうとした

自分を、少し馬鹿にしたくなった。


『バリン』


異音が鳴り響く。

水瓶も皿も落ちていないのに、何かが割れる音。

今までに何度か聞いた音であり、

すぐに思い当たる。

即座にユウキに覆い被さる。


『守よ!』


最速で最も効果のある防御魔法で、

球状に体とユウキを覆う。

雑であるが故に音や光が伝わらず、

振動しか伝わらない。

だがその振動だけでも、

相当なことが起きていることが分かる。


「なに!?なに!?」

「ちょっと…大人しくしといてくれ…」


振動が徐々に小さくなり、

やがて完全に無くなった時、魔法をとく。

大きな生き物の影に覆われていることは

想定の範囲内、準備していた魔法を展開する。


『疾く爆ぜろ!』


ユウキを抱えたまま体に力を与え高速移動し、

その過程で影の主に熱の一撃を入れる。

着地をした瞬間、先程まで立っていた場所から

風圧と振動が伝わってくる。

見上げれば、そこには銀鱗のドラゴン。

少々の爆発など意に介さないように、

爪を振り抜き地面を抉っていた。

数秒前まで頼もしく立っていた家はもう、ない。

先程の破裂音はやはり、

結界が強い力で破られた音だったか。


「やはりやるな」


銀鱗のドラゴンが口を開き、そう喋る。

上等な魔物は声帯と魔法を駆使して人語を話す。

これ程流暢に話す個体は初めてだ。


「魔族最強の一角と痛み分けただけのことはある」

「それはどうも」




卒業後は学生時代の友人と共に

国家直属の魔道部隊に就職。

アデーラはそこでも

頭ひとつ抜けた活躍を見せた。

友はアデーラの補佐として

その成果に加わり、数年後には部隊長と

部隊長補佐の位に着くこととなる。

二人は百年前から続いている

魔族と人類の戦争にも参戦し、

要地での稀な活躍を見せる。

今後の活躍に期待され友と共に

不老の秘術を施される。

やがて戦争が最終決戦に至った時、

友を失うという大損害を被りながらも、

アデーラ含む人類陣営は勝利を収めた。

そしてその数年後。

アデーラは友を失った失意によって

職務を度々怠慢し、辺境へと左遷される。

新しい場所で心機一転しようとするも

やはり友のことが頭から離れない。

生きる意味を見いだせず、自殺しようとした。

そんな時だった。



「…?」


最後まで読み切るつもりで捲っていたら、

知らない場面が出てきた。

原文ならばこういうこともあるだろう。



ユウキという少年に出会った。



「!?」


突然勇気という名前が出てきた。

これはやはり…あの勇気?。

もしかして小説に自分の孫を登場させて、

編集の時点で止められたってこと?。

とりあえず読み進めてみなければ。



ユウキはやや大人しいが好奇心旺盛で、

何より礼儀正しかった。

きっと良家の子息なのだろう。

さんきゅーという聞きなれない礼も、

聞き慣れれば好ましく思えた。



登場しているユウキは勇気で間違いない。

英語かぶれの好々爺の所作が

しっかり伝染している。



ユウキと暮らすことに決めた。

まだ言葉の足らない年齢なので、

家のことは徐々に聞き出すことにする。

どもっている姿も愛らしいことが惜しい。



簡単に言ってくれる。

こちとら何回も粗相の始末したんだ。

歴が違うんだよ歴が。

…。

読み進める。



魔族を防ぐ結界が破られた。

原因は家を吹き飛ばしたこの

銀鱗のドラゴンにあるだろう。

こちらの素性を知った上でやってきたようだ。

ユウキを抱えたままでどうやっ



途中で途切れている。

描きかけで編集に渡した?。

執筆に関しては真摯な大五郎が、

そんなことをするはずはないだろう。

後から書き足したのだろうか。



ユウキを抱えたままでどうやって戦おうか。



増えた。

瞬きをする間に、文字が増えていた。

改行でもなんでもない箇所で、見間違え?。

瞬きせずじっくり見てみる。

するとインクの滲みのような、

黒い文字の原型のようなものが

浮き上がってきた。

本を手から話しても、滲みは止まらない。

その滲みはやがて日本語を形成し、

文章と化した。



銀鱗のドラゴンは

かなりの準備をしてきたらしい。


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オーバーアンダーストーリーズ 甘頃 @amagoro

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