第2話 とある魔女の一生 終章



階段を降りる。

聞きなれた木板の軋む音も、

どこか寂しがっているように聞こえてくる。

1階には朝日が降り注ぎ、

今日という日を祝福している。

既に椅子は引かれ、

竈には丁度いい量の薪がある。

占いの通りだ。

死ぬにはいい日だ。

水を飲もうと瓶を手に取ろうとした時、驚く。

この家では自分以外動くものは

埃か虫かだろうと踏んでいた。

ので、それらよりも大きさを

はるかに凌ぐ物体が蠢いていることに、

足を止めざるを得なかった。

よくよく見ると、それは幼かった。

人だ。

短髪でも長髪でもなく、

混じりっけのない黒のくせっ毛を

それなりに伸ばしたその人は、

おそらくは十に満たない少年なのだろう。

汚れのない服や顔が、

位の高い人物の子息であることを彷彿とさせる。

その少年は、

今ちょうど起きたかのように欠伸をし、

まぶたを擦っている。

かわいい。

少年は少し経ってようやく辺りを見回し、

やがて目の前の自分と目が合う。

そして硬直する。


「だれ…?」


当然の質問だった。

なんせこちらが先に思いついたのだから。


「私はこの家の主さ」

「え…?ここ僕のお家だよ…?」


驚愕の顔をしている。

この反応から察するに、

寝る直前までは本人の家にいた可能性が高い。

察するに、

転移魔法か何かでここに迷い込んできたのか?。

だとすると政争のような大きな策謀に

巻き込まれた可能性がある。

ここはひとまずこの少年を

ここに置くのが良いとは思うが、

それだと自分もその政争に巻き込まれる

可能性が出てくるし、

何なら悪い魔女として都合よく

処されてしまうかもしれないが、

そうなってしまう前に何か保険を『ぐぅ〜』

魔女の思考は突然の異音で途切れる。


「…お腹が空いたのかい?」

「…うん」

「そっか、ならちょっと待ってな」


パン籠から残り二つのパンを取り出し、

一つを少年に手渡す。


「あ…えと…」


少年はパンを小脇に抱え、手を合わせる。


「ありがとう」


感謝の所作なのだろうか、上半身を少し倒した。

見たことがないので、

やはりこの少年は遠い国から来た

人物なのだろう。

それにしては言語に共通する部分が多いが。

そう思案しながら椅子に座る。

少年の方を見ると、

椅子に座りあぐねているように見える。


「お掛け」

「あ…うん」


そう了承したにも関わらず、

少年は椅子の横で上下運動するばかりだった。

不思議に思い横から覗く。

どうやら椅子が高くて座れないらしい。

意地悪をしてしまったようだ。


「どれどれ」


机にパンを置き、少年の隣に立ち屈む。


「あ」

「よっ…と」


少年の脇を抱えて待ちあげ、椅子に座らせる。


「さんきゅー」


聞きなれない言葉。


「いただきましゅ」


また見慣れない所作に、また聞き慣れない言葉。

気を取り直して座ると、

今度は少年の食べ方が目につく。

市井の大麦パンを食べなれていないのか、

かぶりついてはぎしぎしと

長時間噛みしだいてちぎっている。


「こうしたらいい」と教える前に、自分のパンを

指でちぎって食べる所作を真似している。

賢い子だ。

少し時間はかかったが、完食した。


「ごちそーさまでした」


食後の所作を言い終え、

少年は手持ち無沙汰にしている。


「君、名前は?」

「え?と…ゆうきくんは…ゆうきくん」

「ユウキか、何歳だい?」

「んーと…ん!」


ユウキは手を広げて突き出す。

立てた五指が五を現しているのなら、

五歳なのだろうか。


「五歳?」

「ん!」


嬉しそうに返事をする。


「おなまえはなんですか?」


礼儀として名乗る前に質問される。


「私はアデーラさ」

「しってるかも…」

「そうかい?それほど有名な

名前じゃないんだけどな…」


内心嬉しかった。


「なんさいですか?」

「いくつに見える?」

「えーと…四十歳!」

「そうか…四十歳か…」


二十の時に不老を得てそこから見た目も

変わってないはずだし、実年齢もまだ二十七…。

と考えていたが五歳の子供から見たら

大人は総じて大人であり、

年齢の差が分かりにくいのだろう。


「正解はー…」

「…!」

「二十七歳!」

「えーみえなーい」

「嘘はついてないよ」


しばしの歓談をした。

彼の出身地のニホンのトウキョウという場所に

聞き覚えもないし、ここレイネンドの地名も、

彼は聞き覚えがなさそうだった。

特異な状況であるのに少し

楽観的なのも気になる。

いずれにせよ、

今後の方針を決める必要がありそうだ。

今の自分には相性が悪い気もするが、

この少年を救わない訳にはいかない。

まず、ユウキを養うことになるだろう。

現状今のユウキに身寄りはなく、

本人からしても頼れるのは私しかいないだろう。

期限はユウキを親元に届けるまで。

ユウキの故郷から離れた丘陵まで

指名手配の情報が来るかは定かでは無いが、

気長に待つしかないだろう。

そうと決まればまずは買い出しだ。

消費財は昨日と今日で粗方使い果たしてしまった。


「今から買い物行くけど、着いてくるかい?」

「うん!」

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