オーバーアンダーストーリーズ

甘頃

第1話 大島家の喪失




今日も病室を訪れる。


「おお、来てくれたか」

「おじいちゃん」

「へへ、さんきゅーさんきゅー」


もう体を起こすことすらできなくなった彼に、

孫は寄りかかる。


「すまんのう恵ちゃん」

「いつもの事じゃないですか」


一連のやり取りをした後、祖父と孫は話し込む。

それはいつも、孫が眠りこけるまで続く。


「むにゃ…」

「恵ちゃん」

「はい?」

「勇気のこと、頼んだよ」


まるで、今日死ぬかなような口ぶりだった。


「そんな、縁起でもないこと

言わないでくださいよ」




その夜、著名な小説家、

大島大五郎は亡くなった。

多くの作品を生み出し、

あらゆる社会貢献に手を尽くした大島への

多くの献花は数知れず、

多くの副葬品と共に旅立っていった。

ただ。

一介の使用人の私が思うに。

何を言っているのか分からない

悔やみと弔辞を述べられ。

ただ私の袖を掴むことしか出来ない、

一人残された少年。

大島勇気が最も不憫だと、そう感じた。



葬儀とその事後処理も終わり、

使用人金田恵は帰り着く。

既に夜も更けており、

5歳の勇気はもう夢を見ている時間だ。

気だるげに靴を脱ぎ、

それでもきちんと揃えている。

かわいい。

今晩は聞くまでもなくナーバスなので、

お風呂は入ってくれないだろう。


「今日はもう寝よっか」

「あい」


恵は本棚の中の最下段の一冊に指をかける。

寝る前の、読み聞かせの習慣。

英才教育などではなく、

自発的に要求された結果だった。

今抱えている本は勇気のお気に入りであり、

最初に読み聞かせた本だ。

せめて今日のこの時間でも慰めに当てないと。


「あれ?」


そう意気込んで寝室に入るも、勇気の姿はない。

トイレだろうかと行ってみても

明かりはついていない。

ははーん。

さてはいたずらだな。


「ここかっ!」


押し入れには居ない。


「ここだなっ!」


クローゼットには居ない。


「ここ」


トイレの死角には居ない。


「ここでしょ…?」


鍵の掛けられた倉庫には、やはりいない。


「どこ…?」


嫌でも最悪を想定させられる。

この家には女と子供しかいない。

強盗や誘拐犯にとってはいい的だろう。

勇気を最後に見た場所を思い出す。

玄関で靴を脱ぎ、廊下を伝ってリビングへ行き、

本棚から本をとった。

そして振り返れば姿が無かった。

最後に見た場所はリビング。


「勇気くーん!」


リビングを中心として螺旋状に捜索する。

この迫真のこもった声に反応がなかったら、

警察に通報する。

そうやって1階を網羅しかけたところで、

一つの謎を見つける。

扉が開いている。

開いたところを見たことがない、

地下室への扉が。

怪しさが臨界点に達している。

暗闇が危険を匂わせ、準備を促してくる。

懐中電灯で前方を照らし、

身構えながら階段を下りる。

構造はコンクリートの打ちっぱなし。

スリッパ越しでも階段の冷たさが

染み込んでくる。

怖い。

奥歯が震える。

しかし、今誰が一番怖い目にあっているかを

想像すると、すぐに震えを噛み潰せた。

歩を進める。

何段降りたか分からなくなったところで、

ガクンと少し体勢を崩してしまう。

どうやら底に着いたようだ。


「勇気くーん!?」


反応は無い。

足元を中心に部屋の四隅を照らす。

意外なことに、

この地下空間は地上のどの一室よりも広かった。

そしてより意外だったのは、

懐中電灯の光に収めきれない程の

何らかの機械が、

最奥に鎮座している事だった。

機械に近づいてあれこれ考察するうち、

いたずらで潜む勇気も不法侵入者も

いないことに気付かされる。


「勇気くーん?」


ダメ押しにも、やはり反応はない。

不安を抱えながら上階へ行こうとしたところ、

何かにつまづく。

つま先を照らすと、

灰色の直方体が置かれていた。

照らしていたのだから影で

気づきそうなものだという思いながら、

それを拾い上げる。

本だ。

題名は。



『とある魔女の一生』





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