1-6 リベンジ



 いつものゲームセンターは、平日の昼下がりだというのに満員だった。トップランカー・近藤と、サードランカー・ハジメの再戦。それも、互いの女を賭けて――話題は話題を呼び、大阪中のオタクやちんぴらどもが一堂に会すことになったのだった。

 店の真ん中にある、一番派手で目立つキャリオンクロウの大型筐体ハード。ステージのようにせり上がったそこの立ち、ハジメと近藤は対峙していた。それぞれの後ろに控えるナルと優子は、固唾を呑んで二人を見守っている。

 優子が、面白くなさそうに、顔をそむけた。肌の露出の多いストリート風の服が、体の動きに合わせて波打つ。観衆ギャラリーの嘗めるような視線は、あまり気持ちのいいものではない。

「逃げずに来たか。ほめといてやるよ」

 近藤が小馬鹿にしたような笑みを浮かべると、ハジメは無表情に返す。

「いつの時代の煽り文句だよ」

 一昨日、近藤がハジメに向けた言葉だった。近藤は顔をしかめ、小さく舌を打つ。ハジメには動揺もなければ、気の迷いもない。ただ真っ直ぐに近藤を睨み続けている。一週間前の激昂した様子とは大違いだ。

「ルールを確認しよう。待ったなしの一本勝負、時間は無制限。装備は自由。場面ステージ千里中央センチュー。勝利条件は敵複製思考主体プレイヤーキャラクターの死亡。負けた方は、その場でストリップショー開始だ。文句はないな?」

「ああ」

 冷たく言い放ち、ハジメはパイロットブースに滑り込む。近藤はもう一度、舌を打った。

 ナルはパイロットブースのそばにある、観戦用の小型モニタにしがみつき、じっとそれに目を凝らした。パイロットブースと完全に連動しているのはこのモニタだけで、観衆ギャラリー用の大型モニタには、今は千里中央センチューの街並みが映し出されている。

 小型モニタの中で、ハジメは流れるように戦闘準備を整えていった。装備の選択。脳波リンクの調整。澱みのない動き。真剣な――ナルに言葉をかけることすら忘れるほど真剣な、ハジメの動き。

「馬鹿よね」

 突然、横手から優子が声を掛けた。ナルはちらりと彼女に視線を送り、近藤のパイロットブースに背中を預け、つまらなそうに天井を見上げている優子を一瞥する。真っ赤な口紅が、柔らかそうな唇の上で震えている。

「五郎に勝てるわけないのに」

「ハジメは負けないよ」

 ナルはまた、小型モニタに視線を戻した。優子が目を細めてナルを見つめるのも、もう意にも介さない。

「負けるわよ。それで、あんたは酷い目に遭って、終わり。何の為にこんなことするんだか」

「何にもわかってないんだね」

 両者の装備設定が、終わったらしかった。観衆ギャラリーのざわめきが少しずつ大きくなる。みんなの目は大型モニタに釘付けになって、ナルや優子のほうを見ている人間は一人もいない。

「ハジメは、あなたが好きなんだよ」

 優子は溜息をついた。懐から煙草を取り出し、火を付ける。白く細い煙は、観衆ギャラリーの熱気に舞い上がり、ゆらゆらと揺れながら、不規則な螺旋を描きながら、天井へ昇って見えなくなる。

「馬っ鹿みたい」

「そうだね」

 賭のチップを握りしめている者。録画用の端末を画面に向けている者。似合わないサングラスの奥で、画面を鋭く睨み付けている者。端の方には、ちんぴらの輪に入れず怯えている仁井と美月の姿もある。

「でも、わたし、あなたが羨ましい」

 ナルの呟きを合図にしたかのように――

 戦いは、始まった。



   *



 真っ直ぐ静かにハジメは飛ぶ。千里中央センチューの脇を走る、環状線の多層高架道路レイヤーズの中を。飴のように融けて流れるいくつもの柱や道路を後ろに見ながら、索敵に意識を集中させる。

 キャリオンクロウの戦いは、最初の接敵コンタクトが一番肝心だ。下手をすれば出会い頭で勝負が決まる。最初の攻撃ファーストアタックを死角からでも繰り出せたら完璧。悪くとも敵の第一撃で体勢を崩して後に響かせることだけは避けなければならない。

 奴ならどこから来る? 上か、右か、左か――

 短距離ショートレンジ反射波クラックレーダーに反応。

 下だ!

 ハジメはコンプにコマンドを飛ばし、急いで上昇、道路から離れる。次の瞬間眼下の高架道路が、真下から叩き込まれた高熱炸裂弾の爆発に、赤く加熱して四散する。爆風を切り裂くように現れる漆黒の闇御津羽クラミツハ。近藤だ。

『ハッハー! よく避けたな、満点だ』

「戯れるな!」

 追ってくる近藤の徹甲弾を避けながら、ハジメは千里中央センチューのビル群に突っ込む。近藤は適当にばらまいているだけ。こちらの神経を疲れさせる策だ。そんなものにわざわざ乗ってやる義理はない。

 左の手甲ガントレットを背後に向けて、内蔵二連砲身小銃デュアルライフルの《トリガー》をコマンド。放たれたライフル弾が近藤を襲い、近藤は急上昇でそれを回避する。

 おかえしとばかりに近藤が放った自律誘導ボトルミサイル。ちょうど五百ミリリットルのボトルのような形をした厄介な兵器を、ハジメはビルの影に隠れてやりすごす。ビルの外壁に着弾したミサイルが赤い光を放つのを見て取ると、そのまま外壁にそって急上昇。近藤の頭上を取る軌道を狙う。

『甘いぜ!』

 公開周波数で通信。電波の発信源は――

「上かっ」

 慌ててハジメはコマンド入力。ハジメの行く手を塞ぐように、ビルの屋上から現れた近藤が無数の徹甲弾を降り注がせる。正確に追ってくる曳光弾の軌跡から逃げ回り、ハジメはビルの壁を蹴る。後に残るのは外壁にきれいなラインを描いた無数の弾痕。

「乱暴だ」

 掃き捨てるようにいいながらも、ハジメの意識に焦りはない。近藤の動きはさすがに鋭い。こちらの動きも読まれている。それでも近藤の動きが見える。近藤の攻撃を避けられる。

 戦える。今なら、戦える!

『腕を上げたなハジメ』

 推進器全開でハジメは方向転換、一直線に近藤に向かって突撃する。こちらの得意は接近戦。奴がこちらの疲れを狙うつもりなら、一気にカタをつけてやる。脳波リンクを通じて制御コンプの軌道予測系と繋がった脳には、近藤の打ちまくるSMGの徹甲弾も止まって見える。襲い掛かる弾道をくぐり抜け、

「僕はお前に勝つために……」

 コマンド送信。右手甲ガントレット内蔵リニアレールに回路接続。

「強くなったんだ!」

 《インパクト》!

 繰り出される拳。撃ち出される金属ピストン。近藤はビルの天井を蹴り、一気に上へと飛び上がる。

 させない!

 ハジメはそのまま、振り下ろした拳をビルの天井に叩き付ける。そして射出されるピストン。その猛烈なエネルギーは、近藤の蹴りを遥かに上回るエネルギーで、ハジメを一気に近藤の頭上まで跳ね上がらせる。

『なにぃっ!』

 近藤の焦りの声が聞こえる。いまインパクトを叩き込めば決着は付くが、コンデンサの充電がまだだ。代わりにMAFを全面カット。いきなり千倍に戻った体重の全てを、手甲ガントレットに覆われた拳に乗せる。

「おぉォォォォッ!」

 ハジメの拳を叩き付けられ、近藤は真っ逆様に墜落する。ハジメはそれを眼下に見ながら、パンチの反動で上昇する体を推進器の調整で押しとどめる。まだだ。まだ勝負はついていない。すぐさま推進器全開、墜落する近藤の後を追う。

 網膜投影HUDの隅の、コンデンサマークが緑に変わる。充電完了。

「いける!」

『いける! かよ!』

 近藤が推進器をふかして落下軌道から復帰する。ビルの屋上ギリギリのところで直角カーブを描き、そのまま一直線に逃走する。距離を離す気だ。まだ奴には主武装の十八連装ペンシルミサイルポッドが残っている。遠距離戦に持ち込まれるのはまずい。

 闇御津羽クラミツハの高出力推進器に追いすがり、ハジメは必死に追跡する。こっちの推進器の安全出力圏を少々オーバーしている。このまま負荷をかけ続ければ、エラーが起きてもおかしくない。しかし、逃がすわけにはいかない。

『生意気だ! そんな戦い方するお前じゃなかったろう! ええ!?』

 近藤は反転してバーニアを前に向ける……背面飛行だ。逃げながらこっちに射撃する体勢。ハジメはコマンドリストを展開し、いつでも送信できるようスタンバイ状態に持ち込む。

「僕にだって別の顔がある」

『てめえがか? ハッハー、それが……』

 ロックオン電波確認。来る!

『生意気だってんだよ!』

 近藤が背負ったポッドから、否自律誘導タイプのペンシルミサイルが射出される。発射された十八のミサイルは、空中でさらに分裂し、その数を数百へと増大させた。

 多弾頭弾!?

 何百というペンシルミサイルが、幾重にも重なり合いながらハジメに襲い掛かる。



(つづく)

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