第2話 クトゥルフ教団の呼び声
かくして、時間は1分2秒後に戻る。
少女をかばった
術具のタイプは懐中時計型。
大小の歯車がパズルのように組み合わさった
残弾数をチェックする。
術具のわきの
オリーブ油の色をした、北極産の
最高品質のアメシスト10カラットが3
低品質だが、れっきとした
これで合計6発の強力な〈
轍はうめき声をあげて、術具の蓋を閉じ、円盤を叩き戻す。
行かなければ――ここまで馬の首をぶっ飛ばした爆心地へ。間違いなく、ヤツらがいる。
足元を見ると、例の女学生が腰を抜かして、
轍の涙腺がゆるむ。思わず顔をそらした。同情、罪悪感、子どもっぽい自分への嫌悪。もしかしたら、サインのひとつでももらえると思ったのかもしれない。ファンが有名人に会えた。それだけの話ではないか? その結果が罵倒と全否定。「何事も挑戦だよ」とか、
傷つける必要はなかった。
轍はしかめ面で涙腺を縛り、女学生を助け起こそうと手を差し出し――やめた。その手は握り拳になり、しかめ面は純粋な嫌悪に歪む。
彼女の袖がめくれて、手首に1個の術具が巻いてあるのが見えたからだ。腕時計型ではなく、2発きりの
近ごろ、学び舎区では、大学の構内で冒険者協会の勧誘が問題になっている。カルトの勧誘よりたちが悪い。あの山師とごろつきと墓荒らしの仲間になりたがるバカが、はたしてこの学生街にいるのかと思っていたが、なるほど、この手のお上りさんならありえる。辺境の弱小国の、田舎町の小金持ちが、五大国の教育を受けさせようと、バカ息子やバカ娘を送り込んでは、騎行師の仕事を増やしているが、こいつも同じタイプだろう。
「冒険なんてくだらない。故郷に戻って結婚しろ」
そう言い捨てると、轍は〈
白い花々が咲く中庭に、
轍は周囲を見渡す。絶対に宝石は使わない。特に
鋭い
1カラットの
直径1メートルの火球は6頭の軍用犬――品種は
この中庭は、
「
「それはこっちのセリフだよ! いったい何が起きてるの?」と天降石は白い
「
「ひえー。商売敵だからって、ここまでする? ワンちゃんのお昼ごはんになるとこだったんだけど」
天降石はいつも通りとぼけた口調で言った。
白鴉聖統教団の巫女、
「他のところも狙われてるはずだ。今確認をする。君はみんなを連れて
「まさに、そうしようとしてたんだけども――」
「……誰がいない?」
「
「あいつか。わかった。僕が探す。他に不審者を見ていないか?」
「お腹の空いたワンちゃんしか見ていませんな」
「動物兵器をばらまいただけか。たぶん、わざと狂犬病のキャリアにしてる。絶対に噛まれるな。2階に登って階段にバリケードを――いや、他の動物兵器、例えば
「ともかく了解。どう隠れるかはこっちでなんとかする。我が教団の歴史は逃げまわる歴史ですからな。轍も気をつけてね。あの子をお願い――そうだ、これ使って!」
天降石は髪飾りを外そうとして「あれ、外れぬな。ええい、もういいや!」と庭バサミで結び目ごと切り落とし、髪飾りに
25万はする。貧しい白鴉教徒には一財産だ。しかも自分で髪を切ってまで。
「ありがとう。もしものときは使わせてもらう」
轍は石座をスイングアウトさせ、砕けたルビーを排莢し、かわりにムーンストーンを装填した。
「“もしも”のときが来ないよう、神様に祈っておくよ」
天降石は中庭を抜けて、白いペンキが塗られた
「本当に気をつけてね!!」と首だけ門扉から出して天降石が言った。
「いいから早く門を閉じろ!!」
轍は叫びつつ、横から駆けてきた2匹のウルフドッグを〈火線の
くそ、と轍は舌打ちする。冷静に考えれば、なにも〈火球〉を使う必要はなかった。いまみたいに〈火線〉で充分だった。そうすれば、
いらだちを抑え、支部へ
「こちら山道、白鴉教団の学び
『敵戦力は?』
「教団員はいません。おそらく――」みれば、中庭からエントランスへつづく拱門を荷馬車の残骸がふさいでいた。「――暴走させた馬車をつっこませて出入り口をふさいだのち、動物兵器を解き放ったものと思われます。典型的な使い捨ての“撃ちっ放し”型。無差別に人を噛むタイプ。民間人は食堂に避難しています。ただし1名の児童が行方不明です。僕が捜索します。どうぞ」
『すまんが、応援を送れるのは4分後だ』
「つまり送れないということですね? いったい他の場所で何が?」
『
なるほど、
「2分後にまた報告します。とにかく行方不明の子を探さないと」
『頼んだぞ。武勲を祈る。いざとなれば、俺が出る。無茶はするなよ』
「交信終了」
と、遠話を切りつつ、かかってきた猟犬を〈火線〉で射殺した。哀れな生き物だ。何の罪もないのに、と一瞬だけ同情したが、ご丁寧に犬用の防弾ベストを着ていた。轍が羽織っているカジュアルな群青色の
荷馬車の残骸から3頭の狂犬が泡をふきながら躍り出る。軽く手首にスナップをきかせ、熱線の横一文字を描き、駄犬の首を輪切りにした。射線上の微粒子が焼却され、扇形の赤い光が瞬いて消えた。焦げた
物音に振り向く。割れたステンドグラスのすきまを子供と大人の走る影が横切った。轍は騎馬民族風の
視線を背後に配ると、犬とは違うシルエットをもつ生き物がのっそりと荷馬車から降り立つところだった。3頭の
ハイエナは人のような笑い声をあげ、轍に駆け寄ってくる。その瞬間、轍は〈転移〉した。割れたステンドグラスの向こう側へ。
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訳註
*〈
*
*
*
*
*
*
*南
*ゴキブリスズメバチ……ゴキブリの繁殖力と生命力、スズメバチの毒性と社会性を持つ昆虫。コレクターの人気が高く、冒険者による密輸が盛ん。
*
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