10.腐る《お題:みかん》

 腐ったみかん、という言葉がある。


 段ボール詰めの、大量のみかん。あの中の一個でも腐ってると、周りもどんどん腐っていく。

 だから早めに捨てましょう。そういうこと。


「なら、周りがみーんな腐ってたとしたら?

 爪弾きにされるのは、むしろ綺麗なみかんの方だよね?」


 放課後。部活を抜け出して友達とマック。

 これは青春でも何でもない。無様な逃亡兵の弔い会なのだ。


「相変わらず小難しい。

 分かるのは、今のがアンタなりの強がりってことだけ」

「……そうだよ」


 コーラにブッ刺したストローを噛む。

 ふやけた段ボール味のする紙ストローが、惨めな気持ちを煽る。


「年三回発行の部誌、今年は無くすって」

「は。じゃあアンタら文芸部は何するわけ?」

「知らなぁい。一生オタクトークしてるんじゃん?」


 言いながら、ため息を抑えられなかった。

 去年入部した文芸部は、思ってたような場所ではなく。

 執筆だの読書だの、そんな感じの話が出来ればと期待していた気持ちは、一年の間にすっかり掻き消された。


「アニメ鑑賞会は出来るのに部誌の発行は出来ないんですか、って気持ち」

「凄いね」


 せせら笑う友達の顔は、とても見られなかった。

 何度も話は持ちかけた。作品は書くべきじゃないですか。せめて部誌くらいは発行しましょうよ。そんなことを。

 馬鹿馬鹿しい。


「腐ったみかんの話だけどさ」


 友達が口を開く。


「こっちからすれば、誰が腐ってるのか判断しようないケド。

 結局一緒に居たら、全部腐るんじゃないの」

「え。……そしたらどうなんの?」

「サークルクラッシュ」

「それ、どのみち私が悪くなるやつじゃん」


 抗議する私の目線をかわして、友達はあっさり「そうだよ」と答えた。

 あーあ、サークルクラッシャーってやつになるんだ私。笑えないな。


「だからさ、もう部活辞めたら?」


 友達の言葉はあまりにシンプルで、だけど理解に時間を要した。


「辞めるの? 私が先に?」

「そ。よく言うじゃん?

 しんどいと思ったら無理せず逃げろ、って」

「なんかそれ、負けた感じがしてヤダ」


 勢いのままテーブルに突っ伏す。油がほっぺに付いちゃって、すぐに後悔した。


「勝ち負けなんてないから。

 アンタだって分かってんでしょ、本当は」


 はいはい分かってる。文芸部と私の関係は勝ち負けでも、段ボール詰めのみかんでもない。

 言うなれば水と油。混ざり合わない人種。


「分かってるけどねえ」


 未練がましくぼやく。うだうだ。ぐだぐだ。

 私はやっぱり、腐ったみかん。

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「書く習慣」の作品集 暁野スミレ @sumi-re

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