08.不変《お題:変わらないものはない》

 【不変】のモニターに当選した。

 宅配で届いた【不変】を開封し、付属の説明書を流し読みする。


『任意のタイミングで対象に【不変】を使用して下さい。

 使用した瞬間より、対象は不変の存在へと昇華されます。

 ※注意※

 使用タイミングはよく考えてお使い下さい。

 気持ちは不変ではありません』


 注意書きの続きには、使用方法が細々と書かれている。【不変】の使用自体は、特に難しくなさそうだった。

 考えないといけないのは、使用するタイミングだけ。


 不変の存在って、何なんだろう。

 無難に考えるなら不老不死とかだろうか。

 不老不死。言葉にしたところで、いまいちピンとこない。


 気になってしまったのでSNSを開き、【不変】で検索してみることにした。

 すると、いくつか【不変】のレビューが投稿されている。


『【不変】使用レポ。

 髪と爪が伸びなくなった!ムダ毛も生えないし、そもそもお風呂に入る必要が無くなった!

 でも顎に出来たニキビがずっと残ってる』


『使用タイミングは本当によく考えて欲しい。

 良いことも悪いことも変わらないから、出来る限り完璧な状態の時に使用して』


 良いことも悪いことも変わらない。

 怖い言葉だと思った。すねに残ったアザの跡が、治りかけの口内炎が、ふと無性に気になり出す。

 そわそわしながらスマホの画面をスワイプしていると、ふと一つの投稿が目についた。


『身体は不変でも、気持ちは変化する。

 どうしたって後悔するんだ。こんなのは』


 たまらず【不変】をしまい込んだ。

 それから長いこと、【不変】の使用タイミングをずっと考えている。


 ある日は、すごく調子が良かった。

 今日こそ【不変】を使用しようかと思ったけど、底知れない不安に襲われて使えなかった。


 またある日は、自暴自棄になって【不変】を使ってしまおうとした。

 けど、指のささくれを毟った跡が気になり、ついぞ使うには至らなかった。


 【不変】のモニターに期限は無い。

 つまり、【不変】を使わないでいようと思えば、ずっと使わないままでいられるのかもしれない。

 不変を使わないという、不変。

 それはそれで、何だか奇妙な心地だった。


 説明書の注意書きには、こう書いてあった。

 気持ちは不変ではない、と。

 長く長く生活を続けていれば、いずれ【不変】を使用したくなる時がくるのだろうか。


 私は結局、【不変】を使用できていない。

 不変の気持ちが変わる時まで、今日も変わらない日々を淡々と過ごしている。

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