2.かりの生活《お題:日常》

 小人こびと一家の朝はいつも、ドールハウスに差す朝日とともに始まります。


 小人の娘は、起きてすぐ小瓶を背負い、窓辺の植物から朝露を集めてきます。二滴もあれば、小人一家には十分でした。

 小人の母親は、娘が集めてきた朝露を鍋に移し、マッチの火で沸かしました。それから生活の水と飲み水に分け、一家揃って顔を洗います。


 母親がスープを煮込む間、小人の父親はドールハウスの中を見回ります。危険はないか、傷みはないか、じっくりと確かめます。

 少し前まで、彼が朝一番にやるべきことは外の見回りでした。以前は木のうろに住んでいたので、住処に寄り付く動物を追い払う必要があったのです。しかしここに引っ越して、それも無用となりました。


『すっかり暮らしが楽になった』


 父親は気の抜けた様子で、スープを口に運びました。

 娘はパンをちぎりつつ、父親に同意します。


『必要なものは、あの子が持ってきてくれるもん。わざわざ大変な思いをしなくていいし、助かるね』

『でも、それもいつまで続くかしら』


 母親は、娘の皿にスープを継ぎます。その顔は浮かないものでした。


『人間の子どもは気まぐれでしょう。それに、あの子の親が私たちのことを知っているとは思えないわ。この暮らし、きっと長くないわよ』

『お母さんったら。そんなの――』


 娘が眉をひそめたときです。

 ドールハウスの持ち主が、ぬっと顔を出しました。


「朝ごはん? 美味しそうだね」


 持ち主の少女を見て、両親は飛び上がりました。娘は少女の元に駆け寄り、尋ねます。


『今日は学校、っていうのは行かなくていいの?』

「ううん」


 少女は肯定とも否定ともとれない、曖昧な返事をしました。

 両親は身を寄せ合って震えます。少女が学校というものに行かなければ、きっと彼女の親が部屋にやってくるでしょう。そしたら、自分たちのことが人間の大人に知られてしまうのでしょうか。


「昨日失敗しちゃって。それで今日、行くのが怖いの」

『今日、何か嫌なことが起きるの?』

「分からないけど、心配で」


 それを聞いて、娘はまた眉根を寄せました。


『そんなのね、心配したって仕方ないのよ。うちの親もずっと不安そうにしてるけど、それでも淡々と繰り返すのが日常ってもんなんだから』

「たんたんと、って?」

『頑張って生きるってこと』


 少女は少し考え、それから部屋を出ていきます。

 娘は何か言いたげな両親の視線をかわし、再び食卓につきました。

 一日は、まだ始まったばかりです。


 

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「書く習慣」の作品集 スミレ @sumi-re

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