「書く習慣」の作品集

スミレ

1.あか→むらさき《テーマ:好きな色》

 近く、私は県外に転勤することになった。

 これも良い機会だったので、中途半端に残していた実家の私物を整理することにした。


 押入れの中を片していた最中、埃を被ったアルバムが出てきた。

 色褪せた表紙には、几帳面な字で年月が記入されている。どうも、私が幼稚園に入る前の写真らしい。


 何気なくページを捲ると、幼い私の写真が所狭しと並べられていた。表紙と同じ字でひと言コメントが添えられていて、何だか懐かしさと気恥ずかしさが呼び起こされる。


 写真の中の私は、よく赤いものを持っていた。よく写っているのは、ちびた赤いクレヨン。赤い粘土をこねていたり、赤いワンピースの人形で遊んでいたり、刻まれた赤パプリカを食べていたり。どの写真を見ても、小さな私は赤に囲まれている。


 満面の笑顔で赤クレヨンを握りしめる私の写真の横に、『やっぱり、赤が大好きみたい』とコメントが書かれていた。

 まるで、他人のアルバムを見ているような気分だ。今は別に、赤が特別好きなわけでなし。この頃の私が、どうしてこんなに赤を好んでいたのか、今となっては知る由もない。


 部屋の鏡に映る私を見る。今日の私は、くすんだパープルのサマーニットを着ている。

 パンプス、財布、コスメポーチ。思い起こせば、気に入った持ち物はほとんど紫色だ。

 紫が好きになったきっかけは、些細なことだったと思う。友達に似合うと言われた服が紫系だったとか、インスタのアカウント名に使っていたとか、そんなちょっとしたこと。


 アルバムの私を見る。幼い子どもは確かに私の面影を宿しているはずなのに、私でないような気がしてくる。

 一抹の寂寥感せきりょうかん。これがノスタルジーというものなんだろうか。お手洗いに行きたくなり、私はアルバムを閉じた。


 手洗い場の鏡越しに私を見た。さっきは気づかなかったけど、リップの色が落ちかけていた。部屋に戻り、パープルグレーのコスメポーチを開け、中からリップを取り出す。

 パッケージが脂で少し汚れていた。店で一目惚れして買って以来、しょっちゅう使っていたからだろう。蓋を開け、中身をくり出した。


 私はつい、笑ってしまった。

 リップは真紅だった。


 声を上げて笑い、それから微笑む唇をリップでなぞった。

 鏡越しに、また私を見た。唇が赤く染まっている。

 やはり、私は地続きなのだ。パープルのサマーニットに真紅が良く映えていた。

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