第8話 繋がって、ウルティメット (5)
地下道の薄暗い灯りが、セダンの窓に反射していた。車内では、男たちが低い声で話し合っている。
「作戦は頭に叩き込んだな」運転席に座るリーダー格の男がいった。
「まさかアイドルの誘拐をするハメになるとはな」隣の席の男が軽口を叩く。彼の目は、赤羽根みのりと群青院円を映したタブレットに釘付けだ。
「余計なことは考えるな。我々は導師様の命令に忠実であるだけで良いのだ」
「マネージャーはどうする。あの男はSRCだぞ」後部座席から別の声が上がる。
「偽の情報を流してある。今頃、誰もいない倉庫に向かっているだろう」
リーダー格の男がエンジンをかけようとし、爆発音と共に車体が傾いた。後輪タイヤが破裂したのだ。
「なんだ!?」
男たちは車を飛び出し、周囲を警戒する。タイヤの破片が地面に散乱し、ゴムの焼けた臭いが空気に充満していた。
「これは──」
口を開いた男は、びくんと体を震わせ地面に倒れた。
「まずい、伏せろ!」
咄嗟にリーダー格の男が命じるが、返ってきたのは鈍い音だ。
地に伏す仲間たちと使い物にならなくなったセダンに、男は言葉を失った。まるで悪い夢でも見ているようだ。
その時、地下道に規則正しい足音が響いた。
「安心しろ、スタンモードだ」
「き、貴様はSRCの……何故ここに!?」
「地球防衛軍も嘗められたものだな」
主水がメイサー銃の引き金を引くと、薄暗い空間がフラッシュのように青く明滅した。
「ぎゃあっ!」
男が悲鳴をあげる。手に持っていた拳銃が床を叩くが、撃たれて痙攣した腕では拾うことすらままならなかった。男は苦悶の声をあげるが、主水は銃口を向けたまま歩みを止めない。
「殺しはしない。こちらの拠点に連行したあと、じっくりと話を聞かせてもらう」
「それは困りますぅ」
背筋に冷たいものが走る。主水は咄嗟に横に飛んだ。その直後、火薬が重たく弾ける音と共にリーダー格の男の体が崩れ落ち、地面が赤く染まった。
さらに続け様に音が弾け、抜け殻になったセダンに穴が開く。
主水は目を剥き、体を翻す。間もなくして、背中から強烈な音と爆風に襲われた。
「ぐっ、何が起こった?」
「あーあ、一緒に爆発に巻き込まれてくれたら都合が良かったんだけどなぁ」
甘ったるい声と共に現れたのは、ひとりの少女だった。厚塗りのメイクに、左右に垂らした真っ黒の髪。フリルのあしらわれたふんわりとした水色のブラウスと、黒いプリーツスカートを身に纏うこだわり抜かれた様相は、この場においてはあまりにも異質であった。
「口封じか。惨いことをする」
主水は、少女が手に持つパコダ傘に目をやった。少女に劣らず派手な装飾が施された傘の石突から、白い煙が立ち上っている。恐らく傘の中に銃が仕込まれているのだろう。
「とんでもない。これも救済ですよ」
「訳の分からないことを」
主水は躊躇うことなくメイサー銃を発砲した。即座に青い光線が少女の目の前で拡散する。少女は開いた傘の生地の横から顔を出すと、挑発するように笑った。
「残念でしたぁ」
「対メイサーコーティングか」
「この傘、そこで燃えてる車より高いんですよ」
「ただの犯罪集団ではなさそうだな」
「ふふ、調べ物は得意なんでしょう?」
「話す気はないと?」
「そうですねぇ」少女は目を細めて主水を見て「おじさまは中々ハンサムなので、ヒントをあげましょうか。それもとびっきりのね」
少女は加虐的な笑みを浮かべながら、右手に持った仕込み傘を目の前で垂直に傾けた。そして、鞘から剣を抜くように左手をハンドルから石突に向けて滑らせると、膨らみのある仕込み傘が一変して、鋭い光を放つようになった。
「傘が剣に変化しただと?」主水は目を疑った。
まるで呼吸をするかのように黒く蠢く刀身は、人の手によって作られたものとは思えない。
「変わるのは傘だけじゃありませんよ」
主水は即座に迎撃の構えに移る。しかし、それは無駄足に終わった。
少女が黒い刀身を自分に向けたからだ。
「魔剣よ、私を舞台へ導いて──オンステージ」
少女は恍惚とした表情のまま、剣を自分の身体に押し込んだ。剣先が背中から突き抜ける。口から漏れ出た音が笑い声なのか、肺が破れた音なのか主水には判断が付かなかった。
──SRCには、超常現象に直面した際の対応マニュアルがある。調査員の安全を確保し、正確な情報収集を行う手順が示されたものだ。
主水は少女の異様な行動に圧倒されながらも、体に染み付いたマニュアルどおりにスーツに付けたボタン型の隠しカメラを起動させていた。
カメラが捉えたのは、まさに超常現象といえる映像だった。
剣で貫かれた少女の身体から流れ出たのは血ではなく、瘴気ともいうべき禍々しい霧状の物質だ。黒い霧は少女の全身を包むや否や、爆発するかのように膨張した。
地下道の壁が揺れ、天井が崩れ落ちる。
そして黒い霧の中から、鋼鉄の足が露わになったところで映像は途切れた。
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