第7話 繋がって、ウルティメット (4)

地球防衛軍 極東方面軍支部基地 超常現象対策部(SRC)司令室


「──自分が、アイドルのマネージャーですか?」


 復唱というにはあまりにもぎこちない返事をしてしまった。上官から告げられた命令が、あまりにも突拍子もなかったからだ。軍人である自分が、アイドルのマネージャー?


「そう、白縹主水特佐。今日からキミには、うら若きアイドルたちを導いてもらう」


 主水の反応は期待どおりのものだったのだろう。SRC部長であり、この基地の司令官でもあるカラレス・しえんはくつくつと笑い、銀色の髪を揺らした。

 仙は謎が多い人物だ。早寿も近いというのに見た目は主水よりも一回り若く、アイドルに混ざっていても違和感がない。性別すらも定かではなく、仙は吸血鬼の末裔だと冗談を言う者いる始末だ。

 思慮深い上官の命令を覆せないのは百も承知で、主水は口を開いた。


「〈サイズポテンシャル〉の適合者はまだ見つけられていませんが」

「既に後任の者に動いてもらっている」主水の最後の抵抗をばっさり斬り捨て、「まずはこれを見たまえ」


 仙が机に置いたのは二人の少女の身辺調査票だ。


「群青院円、群青院財閥のご令嬢ですか。そしてこちらが──」もう一枚の身辺調査票に伸ばした手が止まる。「──赤羽根みのり?」

「キミの幼馴染だそうだね」

「歳は一回り離れていましたが」


 当然のように自分とみのりの関係が知られていることに、主水は舌を巻いた。故郷を離れてからは一度もみのりの名前を口に出したことはなかったはずだが。

 身辺調査票の最後には、二人がアイドルとして活動していることが書かれていた。話の流れからして、この二人のマネージャーに──しかも、重要度の高い〈サイズポテンシャル〉の任務を外れてまで──就けということだろう。だが、その意図が掴めない。


「赤羽根みのりと群青院円は〈ブラスター〉だ」

「なんですって?」


 主水は声が上ずってしまった。


「この世界には人類の科学力では解明できない『超常現象』が数多く存在する。その中でも地球防衛軍が注目しているのが、〈ウルティメット〉だ」


 仙は顎を動かし、主水に続きを促した。


「……〈ウルティメット〉は特定の力を指す言葉ではありません。既存のあらゆる定義に当てはまらない、それそのものがひとつの理ともいえる、人智を超えた力の総称が〈ウルティメット〉です」


 仙は主水の模範解答に手を叩く。


「そして、人でありながら〈ウルティメット〉を身に宿す者を〈ブラスター〉と呼ぶ」


 浮ついた主水の頭に釘を刺すように仙はいった。


「……まったく気が付きませんでした」

「仕方がないさ。判明したのはつい最近、それも両名とも自覚がないときた」

「二人が持つ〈ウルティメット〉の詳細は?」

「分からない。性質も、発動条件も全て不明だ」

「つまり、いつどこで〈ウルティメット〉が発動してもおかしくないと」

「今の彼女たちは、言ってしまえば『歩く不発弾』さ。それもとびっきりの破壊力を秘めている……かもしれないね」


 みのりが町を焼き尽くす光景を思い浮かべて、主水はぞっとした。恐らくそんなことになれば、あの優しかったみのりの心は耐えられないだろう。


「保護するわけにはいかないのですか」

 仙は固い面持ちで首を横に振る。「『1号事件』と同じ轍を踏むわけにはいかない」


 1号事件とは、かつて地球防衛軍が〈ブラスター〉の少女を管理しようとした際に起きた爆発事故だ。強いストレスに晒された少女は〈ウルティメット〉を暴走させ、地図を書き換えるほどの大爆発を引き起こした。奇跡的に死傷者はいなかったが、この一件は地球防衛軍に対し〈ブラスター〉の脅威を植え付けると共に、民間人を追い詰めてしまったことへの猛省を促すことになった。──それ以降、地球防衛軍は〈ブラスター〉のように特別な力を持つ民間人に対し敬意を持って関わるようになったという一点だけは、美談ともいえるかもしれない。


「もしや、浅黄特尉の姿を見かけないのは」

「ああ、浅黄特尉には先んじて、赤羽根みのりと群青院円に接触してもらっている。同じグループの同僚としてね」

「浅黄特尉がアイドルですか……」


 主水は頭の中でルイに華やかな衣装を着せてみた。自分に似て表情筋の動きが少ないが、贔屓目ではあるものの顔は整っているし、案外悪くはないのか?


「似合っているよ」仙は主水の思考を読み取ったかのように頷いた。「ただ、年頃の女の子の相手は大変みたいだけどね」

「確かに、SRCには彼女と同年代のスタッフはいませんからね」

「キミが助けてあげるんだね」


 仙はわざとらしく、こほんと咳をした。


「では改めて指令を伝える。白縹主水特佐はアイドルグループ〈B-Laster〉のマネージャーとして、赤羽根みのりと群青院円に接触。浅黄特尉と共に二人の警護に当たりたまえ」

「了解」

「そして、これが最も重要なことだけど」仙は一指し指を立てる。「〈ブラスター〉たちを悲しませないよう尽力すること」

「それはつまり、赤羽根みのりと群青院円をアイドルとして成功させろということですか?」


 仙の結んだ髪が縦に揺れた。


「さっきも言ったように、赤羽根みのりと群青院円も不発弾だ。二人に強い心理的ストレスが生じたとき、〈ウルティメット〉がどのように反応するか分からない。──もしかしたら、も現れるかもしれないしね」

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