第6話 繋がって、ウルティメット (3)

 「では最後にもう一度、本日の作戦内容を確認するぞ」


 妙な言い回しで口を切ったのは、スーツ姿の朴念仁だった。男の名は、白縹主水しろはなだ もんど。円たち〈B-Laster〉のマネージャーで、デビューライブ時に輸送ヘリをチャーターしたのも彼だ。不愛想で何を考えているのか分からないが、スケジュール管理や情報収集といったマネージャー業務は勿論のこと、アイドルたち──主に円──の無茶ぶりにも文句ひとつ言わずに応える行動力と柔軟性は、円も一目置いていた。

 

「今回出演する番組は『ゴールデン・スターズ』。アイドル番組でありながら、『真の主役は楽曲にあり』という硬派なコンセプトを貫いている番組だ」

「わたし、子どもの頃から毎週欠かさず見ていました」みのりは興奮気味にいう。

「そんなお堅い番組から、よく招待状が届いたものね」円は机に目をやり「アタシたちみたいな、異端児が」


 机に置かれているのはゴシップ誌だ。開かれているページには「まるでアラシ! 常識外れの〈B-Laster〉に批判殺到」と扇情的な見出しが大きく書かれている。


「気にするな。記者にとって都合のいいコメントをネットから拾い上げただけの取るに足らない内容だ」

「ン、戦いにプロパガンダはつきもの」

「別にアタシは気にしてないけど、ねえ?」

「あ、あはは」


 円の言わんとすることを理解したみのりは苦笑いする。

 それ以上の言葉は交わされなかったが、今四人の頭にはひとりのアイドルの顔が浮かんでいた。

 どたどたと慌ただしい音が廊下から聞こえてくるや否や、勢いよく扉が開かれた。


「おーほっほっほ! ごきげんよう、金ヶ崎リン子ですわ~~!」

「絶対に来ると思ったわ」円は呆れて肩を落とした。


 金ヶ崎かねがさきリン子は今をときめくトップアイドルにして、芸能界の大御所「金ヶ崎プロダクション」の創始者、金ヶ崎堀蔵の愛孫である。

 デビュー直後にある番組で共演して以来、なにかと突っかかってくるのだ。

 リン子は音を立てんばかりの勢いで円たちに雑誌を突き出した。案の定、開かれているのはあの批判記事だ。


「見・ま・し・た・わ。うふふ、ゴシップ記者の中にも面白い記事を書ける方はいらっしゃるのですね」

「そんなことを言うために、わざわざ来たの?」

「ワタクシ、悪口を言われている方のお顔を見るのが大好きなんですの! おーほっほっほっほ!」


 頭を抱えたのは主水だ。


「金ヶ崎さん、あなたはトップアイドルだ。どこに目があるか分からないこの時代に、誤解されるような発言は慎むべきだ」

「うふふ、おバカさん。世界の基準は頂点に立つ者が決めるのでしてよ。つ・ま・り、このワタクシ金ヶ崎リン子こそが、アイドルのルールなのですわ~~!」


 リン子は部屋中に高笑いを響かせながら、嵐のように去っていったのであった。


「……撮ったか?」主水はルイに訊ねた。

「ン、バッチリ。早速ネットに流す?」

主水は少し思案し「いや、彼女のキャラクターを考えると大したダメージにはならないだろうな」

「じゃあ、いつものようにストックしておく」

「そこの二人、悪巧みしない」


 それから少しして、番組スタッフが三人を呼びに来た。いよいよ本番だ。

 主水を三人の背中を見送った。まずは円、次にルイ。そして後に続くみのりは、入口の前で足を止めると踵を返した。


「む、赤羽根くん?」

「こんなときにですけど、お礼を言いたくて。マネージャーに……ううん、主水お兄ちゃんに」

「……どうしたみのり、仕事中だぞ」


 主水の口角が僅かに緩んだのを見て、みのりの声のトーンが高くなる。

 子どもの頃に自分に向けてくれていた、不器用だけど優しい笑みのままだったからだ。


「わたしが引っ込み思案なせいで周りから虐められていたとき、いつもお兄ちゃんは助けてくれたよね」

「そんなこともあったな」

「お兄ちゃんが就職してからは、全然連絡が取れなくて──」

「まあ、色々と忙しかったからな」

「──でも、わたしが辛いとき、やっぱりお兄ちゃんは助けに来てくれた」


 〈B-Laster〉を結成した直後のことだ。

 円とみのりは、仕事に向ける熱意や音楽的な感性は似ているにも関わらず歩調を合わすことが出来ていなかった。性格があまりにも違うからだ。強烈な我を突き通す円に対し、みのりは内気で人に自分を出すことを苦手としていた。ルイが間に立っていたが、ボタンを掛け違えた二人のズレは日を追うごとに増すばかりであった。このままでは、デビューライブすら迎えられないままグループは解散してしまう──そんなときに現れたのが白縹主水だったのだ。


「お兄ちゃんが来てくれたから、わたしは円ちゃんの気持ちを恐がらずに受け止めることができた。そのお陰で〈B-Laster〉の活動がみんなに認められて、憧れだったゴールデン・スターズに出演することもできた。──わたしがここまで来られたのは、お兄ちゃんがいてくれたからなんだよ。だから、ありがとう」

「……やることは変わらない。いつものように、お前たちの全力をぶっ放してこい」

「うん、いってきます!」


 みのりは声を弾ませながら、仲間たちの背中を追った。

 楽屋に沈黙が降りた。そして、主水が荷物をまとめ収録現場に向かおうとした矢先、胸元のスマホが静寂を破った。主水の目つきが鋭くなる。起動しているのはリザードだ。


「こちら、白縹主水。……了解、ただちに現場に向かう」


 主水は黒くなったスマホの画面を見て、小さく息を吐いた。


「遂にこの時が来たか」


 スーツの下で、銃が重たくなった。


「ど、どうして?」


 舞台の上で、みのりは青ざめていた。

 ──周りの全てが自分たちの敵だった。

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